「部屋に女の霊がいると言われて…」ホラー作家・黒史郎インタビュー
更新日:2015/8/8
夏です、ホラーです! というわけで、ホラー界で活躍中のクリエイターにインタビューし、リアルな声をお届けする特別企画。記念すべき第1回は、不気味さとポップさを兼ね備えた作風で多くのファンを持つホラー作家・黒史郎さん。奇妙な作品を生み出すその背景に迫ります。怪談もあるよ!
――お久しぶりです。って、今日はなぜマスクに帽子なんですか?
黒:自分で言うのもあれですが、見た目に華がないなと思いまして。じゃあ、いっそ不審者っぽい方がいいんじゃないかと。なんなら顔のところだけ『デモンズ』(イタリアのホラー映画)の仮面にしておいてもらってもいいですよ。
――そんなもの被ったら死んじゃいますよ! 黒さんは怪談誌『幽』が主催する、『幽』怪談文学賞の第1回大賞受賞者なんですよね。受賞当時はおいくつでしたか?
黒:賞をいただいたのが2006年。いまもう40歳なので、30代前半ですね。
――デビューまで色んなお仕事を経験されているそうですが、応募当時は何を?
黒:話せる仕事と話せない仕事とがあるんですが……応募した頃は、工場でコールタールをいじくってました。炭素棒っていう医療器具の原料になるんですけど、かき混ぜてると有毒な黄色い煙が発生するんですよ。そこで一週間も作業してると、鼻毛が信じられないくらい伸びてきて、クラーケンの足みたいになる。
――クラーケン! 体が必死に防御してるんですね。
黒:あまりに凶暴なのが生えてくるんで、それから鼻毛記録を付けるようになったんです。用紙2枚にわたって毛を貼りつけているんですけど、一昨年あたりにその1本が行方不明になって、「おれの鼻毛がない!」と家中大騒ぎになりました。
――何なんですか、その話は……。
黒:しかも最近、その仕事を離れてずいぶん経つのに、当時よりはるかに長いのが見つかってびっくりした、っていう話なんです。
――黒さんって根っからのコレクター気質ですよね。昭和のガチャガチャでも、怪しい都市伝説でも、鼻毛でも、とにかく集めまくりますもんね。
黒:管理できなくなるくらい、モノが集まってくるのが好きなんです。集めても集めてもまだ果てがないっていうのが楽しい。病気ですね。
――昨今の片づけブームと正反対。それにヘンな体験も並外れて多いんですよね。死んでいる人を何度も見つけたりとか。何回でしたっけ。
黒:飛び降りで亡くなった人を見かけたりっていうのは、よくある話だと思うんです。そういうのじゃなく、ちゃんと見つけたのは2回ですね。あれはまあ、偶然見つけたというか、そういう場所に行かされたんです。
――普通は飛び降りにも遭遇しないですが。
黒:ああいう現場に集まってくるハエって、普段見るハエと明らかに大きさが違うんですよ。ボクシングでいうと階級が違うというか。そいつがゆらーっと群がっているんです。
――怖すぎますよ!
『漂流教室』に人生を変えられて
――そんな黒さんが、ホラーというジャンルを意識するようになったきっかけとは?
黒:親父がよく心霊写真を家に持ち帰る人だったんですよ。
――え? 霊能者さんではないんですよね。
黒:普通の人です。傘のプラスチックの柄の部分を作ってる人でしたけど、なぜか会社でそういう相談をよく受けていたみたいで。家族みんなで心霊写真を囲んで「あ、ここに顔がある」とか言ってました。
――そんな幼児体験してる方、初めて会いました。では、ご実家にホラー系の本がずらっと並んでいたり?
黒:というわけでもないんです。親父はそれほど本を読む人ではなかったので、家には小松左京の『日本沈没』と外国のエロ本があるくらいでした。
――絶妙なセレクションですね。
黒:人生を変えられたと思うのは、小学3、4年の時に出会った楳図かずお先生の『漂流教室』ですね。古本屋でたまたま手に入れて、ものすごいショックを受けたんです。
――ああ、あれはトラウマになりますね。
黒:昔から映画でもパニックものが好きだったんです。人が派手に死んでいくシーンが面白かったんですよね。『タワーリング・インフェルノ』とかをくり返し観ていたら、親父に「おまえ、大丈夫か?」と心配されました。
――誰でも心配すると思います。
黒:『漂流教室』も人がばたばた死んでいくじゃないですか。そういうSFパニックものっぽい部分に惹かれたんしょうね。パニックものから少しずつ、ホラーの方に歩み寄っていったという感じなんです。当時は同級生たちと、『漂流教室』の死ぬシーンをまねして遊んでました。底なし沼に呑みこまれるシーンを、ソファを使って再現したり……このインタビュー、こんな話で大丈夫ですか?
――大丈夫です! と思いたいです!
黒:『漂流教室』には風見潤さん(小説家・翻訳家)が書かれた小説版もあって、そっちも大好きだったんです。くり返し読んで、文章を写したり、本にないシーンを新たに書き加えてみたりという遊びもよくやりました。
――まさに創作の原点ですね。
黒:小説を書きたいというより、『漂流教室』の世界を書きたいという気持ちで。あの作品に出会っていなければ、ものを作るという仕事には就いていなかったでしょうね。名作なのに長年絶版なんです。どこかの出版社で復刊してくれないかと思うんですけど。
怖がりがホラー創作の原動力
――最近出された『黒怪談』(竹書房)によれば、かなりの怖がりなんだとか?
黒:ええ。年々ひどくなっていて、この先ホラーを書けるかどうかも危ういですね。ネットの残酷動画とか、ああいうの観る人の気が知れないです。昔はもっとマシだったんですけど、今はちょっと影が横切るだけでもビクビクッとなるんですよ。
――それなのにお仕事はホラーや怪談ばかりで。
黒:嫌いなものをあえて書いてしまうところはありますね。僕は蛾が苦手なんですが、だからこそ蛾をたくさん出しちゃうとか。怖いという気持ちがよく分かるので、それをそのまま書いているんです。
――黒さんのホラーはアイデアが他に類を見ないですよね。幽霊からお金を巻き上げたり(『幽霊詐欺師ミチヲ』/KADOKAWA)、著名な怪奇作家を美少女化したり(『未完少女ラヴクラフト』/PHP研究所)、いつも感心します。
黒:僕は「ネタを考える時は社長に、書くときは社員になろう」と思っているんですよ。社長って自分が面白いと思ったものを、社員に丸投げするじゃないですか。ネタを考える時は、大変かどうかは考えずに、なるべく面白そうなものを選ぶようにしています。実際、後になって苦労するんですが(笑)。僕くらいの作家が無理のないものを書いてしまうと、すぐに埋もれてしまうので。
――シリーズ続行中の新作『怪談撲滅委員会』(KADOKAWA)も、かなりぶっ飛んでいますね。怪談の撲滅を目指す秘密結社、という設定はどこから生まれたんですか?
黒:怖がりなので、ホラー映画を観ていても「もしこれが出てきたらどうする?」と必死に考えるんです。「こっちからゾンビが来たら、おれはこっちに逃げるから」と女房と話し合ったり。で、幽霊ってこれぞという対策がないじゃないですか。一番効果的なのは怖いムードを作らないことだな、という考えがずっとあって。
――それで「赤いちゃんちゃんこ」の怪談を無理やり、ファッショナブルに変換してしまうような対策になるんですね。
黒:極端な話ですけど、その場で脱糞するとか。幽霊という陰の存在を、ぶっ壊すような行動をおこせば、なんとか相殺できるんじゃないか、という妄想があるんです。髪が伸びる人形がいるなら、髪の毛を剃ってやろうとか。とにかく怖くない状況に持っていくにはどうすればいいか、いつも考えていますね。
――主人公の女子高生・澪のリアルなビビり描写には、黒さんの思いが投影されているんですね。このシリーズには、昨今の怪談ブームをおちょくったような側面もありますね。
黒:最近、テレビの心霊番組って、ネットから拾ってきた適当な動画を流すじゃないですか。タレントさんがそれを無理に怖がっている姿を見ると、なんとも言えない気持ちになるんですよね。
――やり方が安易だと。
黒:自分も怪談を書いてて思うのは、怖さって書き方なんですよ。ただ「金縛りに遭った」というだけの体験談でも、ちゃんと背景を取材して書いたらすごく怖くなったりする。ネットで何でも見られる分、そういう技術が軽視されているのかな、とは思いますね。と言いつつ、コンビニで売ってるような心霊DVDは大好きなんですけど。この前もまた買っちゃって(笑)。
仕事部屋に女の霊が……!?
――夏休みということで、最近取材した怪談を披露いただけますか。
黒:仕事部屋のエアコンが壊れたので修理をお願いしたんですよ。やって来た業者の方がどうもうちの本棚に興味があるみたいで、「ホラー系の仕事をしてるんです」と説明すると、「実は僕、視えるんです」って言い出すんですよ。
――なんと!
黒:あまり食いつくと、話を盛られちゃいそうな気がしたんで、「そうなんですかー」と軽く聞いてたんです。すると「ここ、女の人がいますよ」って言ってきて。「今も、耳元で何かしゃべってます」って。
――幽霊もですが、その方が気になりますね。
黒:あとは最近取材したものだと、某駅ビルのエスカレーターに大量の髪の毛が溜まっているという話を聞きました。それがどうも尋常な量じゃないらしいんです。駅ビルの従業員の方が、閉店後、誰もいないはずのフロアで人影を見たという話もあって。幽霊系の話なのか、変質者なのかまだはっきりしないんです。調査を続行中ですね。
――では、今後の活動予定を。
黒:8月中旬に創土社から『童提灯』という新刊が出る予定です。和物っぽい世界観の長編ホラーで、子供がさらわれて提灯にされちゃうというひどい話です。よければ読んでみてください。
――子供といえば、5歳のお子さんがいらっしゃいますけど、ホラー方面への興味は?
黒:全然ですね。『妖怪ウォッチ』と『トイ・ストーリー』に夢中です。ゾンビ映画を一緒に観ていても、まだ怖いものだという認識がないみたいです。
――ご著書を見せたりしないんですか。
黒:薬と一緒で、子供の手の届かないところに隠しています。僕の本は表紙が怖いものが多いので。下手に見せて、本って怖いものなんだ、というイメージがすり込まれても困るなと。
――今後もホラー一筋で活動される予定ですか?
黒:まさか自分がホラー作家になるとは、思ってもみなかったんですよ。怖がりだし、ホラー作家を名乗っていいのかな、という不安もあります。それに周囲から「ああ、いかにもホラーを書きそうだよね、妖怪とか好きだもんね」と決めつけられちゃうと、「ホラー以外だって書きたいよ!」という反発も覚えて。
――そんな葛藤があったんですか。
黒:でも、最近は一周まわって面白くなってきました。自分は何を書いてもホラーになるんだな、ということが分かってきて。そうだよね、ホラー作家だよね、と納得していますね。どんなジャンルを書いていても、どこかにホラー的な要素がないと、満足できないんですよ。
取材・文=朝宮運河
黒 史郎
小説家。1974年、神奈川県生まれ。2006年、「夜は一緒に散歩しよ」で第1回『幽』怪談文学賞を受賞。著書に『幽霊詐欺師ミチヲ』『未完少女ラヴクラフト』『失物屋マヨヒガ』『怪談撲滅委員会』など。