ローマ法王に米を食べさせ、過疎の村を救ったスーパー公務員の圧倒的な仕事ぶりとは―『ナポレオンの村』原案本を読む

ビジネス

公開日:2015/8/12

 TBSテレビ日曜劇場『ナポレオンの村』のモデルになった『ローマ法王に米を食べさせた男』(高野誠鮮/講談社)が新書版になりました。廃村寸前だった石川県羽咋市の神子原集落を年間予算60万円、4年間で立ち直らせたスーパー公務員・高野誠鮮さんのノンフィクション本です。本書には「村おこし」だけでなく、様々な仕事でも使えるアイデアが詰まっています。しかし本書で描かれる高野さんはスーパー破天荒な人だった!

にぎやかな過疎集落を目指して

 高野さんが石川県羽咋市農林水産課に配属されたのは平成14年(2002年)4月、48歳のとき。農業なんてまったく知らないゼロからのスタート。当時の神子原地区の人口は169世帯527人、高齢化率(65歳以上)が57%の「限界集落」。農家の平均年収はたったの87万円でした。農業では暮らせないから若者は都会へ出てしまうという村の窮状を知った高野さんは、高齢者ばかりが残る風景に強い危機感を抱きます。

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 まず高野さんは、空き家を貸家にして新しい住民を募る「空き農地・空き農家情報バンク制度」を立ち上げます。地方ではよくある制度で、補助金を出すところもありますが、それはやめました。お金を出して特別扱いすると「お客様」が来てしまうからです。欲しいのは村民と苦労を共にする「仲間」なのです。“よそ者”を快く思わない反対派もいましたが、入居希望者に試験をさせることにして、「みなさんが欲しいと思う人を選んで下さい」と住民を説得します。多くの応募者から書類選考、面談を通して村民自身に選ばせることで親近感も高まるのだといいます。

 これ以降も、農家体験として学生や海外留学生、社会人を受け入れるようになったことで、若者が入れ替わり立ち替り村を訪れるようになり交流が始まりました。高野さんが目指したのは「にぎやかな過疎集落」です。

神子原に神の祝福がもたらされた日

「集落の活性化」と共に高野さんが当時の橋中義憲市長から依頼された仕事が「農作物のブランド化」でした。幸いなことに神子原の棚田で育てられた米は美味しい。そこで考えたPR方法がロンギング(憧れ)計画です。人は有名人が持っていたり、使っているものを欲しがったりする傾向があります。有名人が「神子原の米は美味しい」と言ってくれれば素晴らしい宣伝になるはず。それでは誰に米を食べさせればいいのか。神子原を英語にすると「サン・オブ・ゴッド」、英語圏ではキリストのこと、キリスト教で最も権威があるのはローマ法王です。すぐさま当時のローマ法王ベネディクト16世宛に「うちの村の米を献上したいのですが」と手紙を送ったといいます。

 返事が届いたのは5カ月後の平成17年(2005年)10月、新米の収穫の季節。大使が話を聞きたがっているので東京都千代田区のローマ法王庁大使館まで来てくれないかということでした。喜んだ高野さんは、当然、市長にも同行をお願いしました。

「市長、明日、東京へ、大使館に行ってもらうことになりました」
「どこの大使館だ?」
「ローマ法王庁大使館です」
「なんだ、そりゃ?」
「バチカンですよ、バチカン」
「なんで俺がバチカンに行かないといけないんだ?」
「詳しいことは後で説明しますので、明日、飛行機に乗ってください」

 突然なんの説明もなく明日の予定が「バチカン行き」になった市長はさぞかし混乱したと思います。しかし高野さんと市長は万事がこの調子。というのも高野さんは前もって年間予算60万円でいいから、自分がやることは企画書なし稟議書なし決裁書なし、すべて「事後報告」でいいと市長のお墨付きをもらっていたのです。

 それでもこの時ばかりは副市長から「誰がバチカンに連絡しろと許可したのか」と呼び出しを受けてしまいます。常識的に考えて副市長の怒りもごもっとも…。

 そして高野さんは市長と地区長の3人で“計45kg”の米袋を担いで大使館を訪問します。

 市長に米袋を運ばせる市役所員がいますか? 市長の健康と副市長の血圧が心配になるエピソードです。そして念願が叶い、神子原の米をローマ法王に召し上がって頂くことになり、「ローマ法王に献上された米」として国内外でトップニュースになったのでした。

頭は下げない、かわりに頭をひねる

 神子原米を安定供給させるには、品質管理が重要です。しかし当時の食味検査にはバラつきがありました。そこで欧米では一般的な人工衛星を使ったスペクトル解析に注目しました。高度450kmから赤外線を当ててタンパク質含有率を算出するのです。100平方kmを1回で測定でき手間も時間も省け、精度も高い。それでも37万円の費用がかかりました。そこで高野さんは人工衛星を持つデジタル・グローブ社にこう持ちかけました。

「どれだけの精度があるのか、まずは試しに神子原を撮ってくれませんか? それを持ってクライアントに売り込むので」

 新潟県のJAに行き、データを持って説明するとすぐに採用される事になりました。これにより、

・デジタル・グローブ社は新たなクライアントを獲得した
・新潟県JAは従来よりも低コストで精密解析ができるようになった
・そして高野さんは神子原地区の解析データをタダで入手した

 誰もが得をする一石三鳥の結果です。さらに高野さんは人工衛星を使いたい農家とデジタル・グローブ社を仲介する行政ビジネスを始めて一石四鳥にする。決してタダでは起きない高野さんスゴイ。

 高野さんは誰かに頼むだけのことはしない。まず自分がやってみせて、できるところをみせる。「リーダーとは、希望を配る人のことだ」とは、ナポレオンの名言。問題に行き詰まったときには、まず自分が先を行き、希望はこの先にあると周囲を導く。そんなリーダーがもっと増えれば、日本各地で革命が溢れる日も夢ではないかもしれません。

文=愛咲優詩