一般人の2倍以上の自殺率…帰還した米兵とその家族を苦しめるものとは

海外

公開日:2015/8/13

 日本は今年で戦後70年といわれるように長い間戦争をしていない。この間、ベトナム、湾岸、イラク、そして現在もアフガニスタンに、兵を送り続けているアメリカで、昨今、イラク、アフガンからの帰還兵の自殺率の高さが問題になっている。その率は一般の人々の2倍以上。計200万人の帰還兵のうち、毎年250人以上が自殺をするという。戦場から生きて戻ることができたのに、なぜ自ら命を絶ってしまうのか。帰国後の兵士の生活を追ったノンフィクション『帰還兵はなぜ自殺するのか』(デイヴィッド・フィンケル:著、古屋美登里:訳/亜紀書房)をひも解き、ひとりの帰還兵の日常を追いかけた。

 その兵士の名は、アダム・シューマン。彼は立派な兵士だった。怪我をした部下を背負って戦場をくぐりぬけた、信頼と尊敬に値する兵士だった。ところが、3回目の派兵時のある日、アダムは自ら応急救護所に行き、助けを求めた。激しい動悸、呼吸困難、手のひらから汗が止まらない…。PTSDとの診断を受けたアダムは、こうして、ひとり前線から帰国の途についた。

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 PTSDとは「心的外傷後ストレス障害」と訳され、近年日本でも馴染みのある言葉になってきた。災害や戦争など、命の危機にさらされるような強いストレスにより、不眠、フラッシュバック、不安、気鬱、記憶障害、人格変化、自殺願望などの症状に悩まされる傷害のことだ。イラク、アフガン帰りの元兵士の20~30%が、この傷害に苦しむといわれ、自殺者の多くがこの診断名を受けている。

 アダムは、帰国して2年が経ち軍を除隊しても、不安と気鬱、頭痛、孤独感、心身の消耗に苦しんでいる。腕の力がいきなり抜けて、抱いていた我が子を落としたこともある。毎日、戦場で死んでいった仲間のこと、自分が手を染めた行為について考えてしまう。“それでも自分は五体満足だし、どこも悪くない”とも思う。“なぜ自分はPTSDという診断を下されて送還されたのだろう。戦争体験などものともしない者もいる。それなのになぜ自分はPTSDになったのか。なぜ突然怒りがこみあげてくるのか。なぜ物忘れがひどいのか。なぜいらいらしてじっとしていられないのか。12時間も寝たのに、なぜ目を開けていられないほどの眠気に襲われるのか。弱い男だからだ――。”

 アダムは自分を責める気持ちと身体の不調に苦しむが、兵士のPTSD発症は、受け入れる家族にとっても大きな負担となる。アダムの妻は、家事と育児に加えて、夫が自殺行動に走らないように常に気を配っていなくてはならないし、彼を定期的に車で100キロ離れた復員軍人病院に連れて行かねばならない。妻も心にゆとりがなくなるから、夫婦喧嘩が絶えない。ある時、妻と喧嘩をしたアダムは、抑制がきかなくなり、拳銃を自分の額に押し当てて言う。「このいまいましい引き金をひけよ」。この時は、妻がアダムを抱きしめ、大事には至らなかった…。本書は、アダムが家から遠く離れた地でのPTSD治療のプログラムを終え、妻の運転で帰ってくるところで終わる。この後の彼らが少しでも安らぎを得ていることを願うばかりだ。

 もちろん、戦場に行ったすべての兵士がPTSDになるわけではない。なぜ兵士Aは発症し、Bは発症しなかったのか、その要因ははっきりとはわからない。ただし、発症リスクを高める要因として、次の3つが挙げられる。(1)激しい前線にいること、(2)派兵回数が3回以上であること、(3)入隊時の年齢が高い(20代後半である)ことだ。(1)と(2)は、ストレスが強そうなので、腑に落ちるが、(3)の年齢の高さとはどういうことか? それは、20代後半で入隊する者は、一度社会に出て失敗し、人生をやり直そうと軍に入隊してくるからだという。挫折によるストレスを味わっているため、入隊の時点で既に、彼らのストレスレベルは高いのだ。心にストレスという水を溜めるコップがあると想像して欲しい。彼らはもう、コップの3分の1ほどの水が入っている。空っぽのコップで入隊する人に比べると、空き容量が少ないのだ。

 極度の緊張状態が続いて不調をきたすことは誰にでも起こりうる。日本も今後、他人事でない問題になるかもしれない。治療プログラムや予防は、家族サポートも含めて行われるべきだし、国レベルでの対策が必要だ。そして、何よりもPTSDになった者を、“心が弱いから”“入隊したのが悪い”などと本人の自己責任に押し付けず、周囲が温かい目を向けることが大きなサポートになるはずだ。

文=奥みんす