濃厚で苦い…、でも肉料理にピッタリ! 「IPA」ってどんなビール?

暮らし

公開日:2015/8/16

 古書店街として知られる東京・神保町。会員制読書空間「BOOK ON JAPAN」は雑居ビルの中にひっそりとオープンしている。かつてある出版人が私財を投げ打って集めたという古今東西の書籍がひしめく空間に、この夜はいくつものグラスにビールが注がれる音が響いた。

 去る8月6日、ビアライター&ビアソムリエにして、今年5月に初の単行本『BEER CALENDAR』(ステレオサウンド)を発売した富江弘幸さんによる「ビギナーズ・ビアサロン vol.1」が開催された。入門者を対象とした講座&交流会が開かれた。この日のテーマは「IPA」。

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 外食するとメニューも見ずに中ジョッキをオーダーし、自宅で飲むためのビールを買うのはもっぱらスーパーやコンビニ、時おり限定商品や変わったものを見ると買って飲んでみる、というレベルの筆者も、「IPA」という語を耳にしたことはあっても実際にはよくわかっていない入門者。そもそも今回採り上げられるような「クラフトビール」についても、たいへんあやふやな知識しか持ちあわせていない。

富江弘幸さん「だいたいの方がそうだと思いますよ。たとえば米国のように“小規模で、伝統的で、独立した醸造所が作るビール=クラフトビール”と定義している国もありますが、日本においては特に定義する必要はないというのが私の考えです。それよりも“スタイル”について知ったほうが、ビールライフは豊かになります」

 そういって富江さんがプロジェクターに写し出したのは、アサヒ、キリン、サッポロ、サントリーという大手4社それぞれを代表する銘柄の缶ビール。

富江さん「この4本のなかにぜんぶで何種類のスタイルがあるかわかりますか? 答えは1種類、すべて〈ピルスナー〉というスタイルです。みなさんビールと聞くと、黄金色の液体に白い泡という絵をまず思い浮かべられるでしょうが、これはピルスナーの特徴で、日本人はこれしか飲んだことがないという方が大半だと思われます。スタイルというのは、ラーメンにたとえると〈醤油〉〈塩〉〈とんこつ〉といったイメージです。この世にはいろんなラーメンがあるのに、醤油だけしか知らないのはもったいないですよね。選択肢があって、好みやその日の気分で選べるからおもしろい。ビールも同じで、世界には100を超すスタイルがあるのですから、それを知っているのと知らないとではビールの楽しみ方がまったく違ってきます」

 この日、参加者にふるまわれたビールは2本で、まずはヤッホー・ブルーイングの「インドの青鬼」から。これもIPAに属するビールで、一部コンビニなどでも入手できる。

富江さん「みなさんがふだん飲んでいるピルスナービールに比べると、ずいぶん苦味が強いですよね。これこそIPAの持ち味。きょうはこれに合わせるため、ドライマンゴーを用意しました。ビールのつまみといえば脂っぽいものやしょっぱいものに走りがちですが、苦味と甘味はたいへん相性がいい。そのうえ、このビールはそもそも柑橘系の香りを特徴としているので、フルーツとも合います」

 IPAとは、“India Pale Ale”の略。ということは、インドで生まれたスタイルなのだろうか。

富江さん「IPAが生まれたと思われる18世紀、インドは英国の植民地でした。祖国を遠く離れて灼熱の地にきた英国人たちは、それでもビールが飲みたかった。現地で造れないとなると、本国から持ってくるしかない。しかし当時の航路は喜望峰周りで5~6カ月かかり、しかも赤道直下を通過します。ビールは高温に弱いので、そんな環境下では味も落ちます」

 そこで考え出されたのが、ホップを大量に使うというアイデア。

富江さん「ホップには殺菌作用があるので、これをたくさん入れれば日持ちするだろう、と考えついたのですね。一方、ホップが多いほど香りは強くなり、苦味も増します。こうして生まれたIPAですが、いまは世界中にファンがいます。では、本日の2本目を紹介しましょう。米国西海岸の醸造所、グリーンフラッシュ・ブリューイングによる“ウェストコーストIPA”です」

 1本目よりさらに苦味が強いが、モルトの甘味と柑橘系のアロマもあってバランスがとれている。アルコール度数も8.1%と高め。どっしりとしたボディのビールに合わせるのは、なんと麦チョコ。ここでも富江さんは、苦味×甘味の相性のよさを証明する。

富江さん「正確には、これはダブルIPAといわれます。より苦味が強いのですが、ボトルにある“95IBU”という表記に注目してください。IBUとは苦さの単位で、理論上は100が最高値です。国産ビールでいちばん苦いといわれているのはキリン『クラシックラガー』で、これが25IBU前後ですから差は歴然としています。ただ甘味もしっかりあるので、やたらめったら苦いという感じはないですよね」

 このビールを食事と合わせるのであれば肉料理、なかでも濃厚なソースを使い、焦げ感がある牛肉がしっかりしたビールのボディと合うため、「BBQのときに飲むとたまらないですよ」といかにも夏らしいオススメをする富江さん。

富江さん「世界に100スタイル以上のビールがあるとなれば、どんな人でも好みのものが1本は見つかると思います。ビールが苦手という人もいますが、さきほどもいったように日本で飲まれているほとんどはピルスナー。フルーツフレーバーでさわやかなビールもあれば、チョコレートフレーバーのビールもあるし、20年ぐらい熟成させられるビールもあります。まったく違う個性を持ったものなので、飲み比べて自分が好きな1本を探していくプロセスはたいへん楽しいものですよ」

 現在は、ビールのラインナップが豊富なショッピングサイトも増えていて、世界各地のビールを手軽に入手できる。が、そこまで種類が多いとなると目移りしそう……。

富江さん「こうしてスタイルについての知識があればショッピングしやすくなりますが、迷ったときは“ジャケ買い”もいいですよ。ボトルやラベルのデザインでピンと来て買ったものが、思いのほかおいしかった、結果にお気に入りの1本になった……ということは私自身もよく経験していることですから」

「ビギナーズ・ビアサロン」は全5回。次回のテーマは、「ベルジャンホワイト」。一時期のブームに終わらず着実にファンを増やしてきたベルギービールの魅力に迫る予定だ。

取材・文=三浦ゆえ