自己啓発書の読者には体育会系男子が多い!? 手帳術から片付け術までを社会学者が分析

暮らし

公開日:2015/8/24

 「本が売れない!」なんて言われる今の時代でも、よく売れている印象があるのが自己啓発書。揶揄の対象にはなっても、真剣に論じられることが少ないこのジャンルに、社会学者が真正面から向き合った本が『日常に侵入する自己啓発: 生き方・手帳術・片づけ』(牧野智和/勁草書房)だ。

 本書は第1章で、「自己啓発書の購読者はどんな人か」「彼らはどんな目的で自己啓発書を読み、どのような効用を得ているのか」などの点を確認しながら、分析の枠組みを整理しているのだが、この章がすこぶる面白い。

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 社会学者中心の研究グループ・青少年研究会が行った調査をもとに分析される購読者の特徴は、まず「大卒者が多い」ということ。それは納得できるのだが、興味深いのは男性の購読者には「高校時運動部で積極的に活動した」という回答と相関が見られたという点だ。自己啓発書が体育会系の人々と相性がいい、というのは、意外なような、納得できるような……。

 また、「どの本も似たことばかり書いてあるのに、何冊も読む人がいるのは何で?」「自己啓発書を読みまくってるのに変わってない人って多いよね」というような、世間で多く聞かれる疑問や揶揄にも、本書では一定の回答が示されている。

 キーワードになるのは「自己確認的な読み」という言葉。著者がインタビューした自己啓発書の購読者たちは、複数の本で同じような記述に出会っても、「やっぱり大事なことだな、本質は一緒だな」と確認を重ねて納得するそうで、「もうそんなこと知ってる!」などとは思わないそうなのだ。なお、かなり熱心な自己啓発書の読者でも、「読んだ影響がどの程度あるのか分からない」「本の細かい内容は思い出せない」という人が多いこともインタビューでは発覚したそう。腑に落ちるとともに寂しさの漂う話である。

 このような前提を踏まえ、本書の2章以降では自己啓発書内の個別ジャンルに分析が加えられていく。特に「手帳術」を題材に、時間管理と情報管理の道具だった手帳が、熊谷正寿や渡邉美樹の著作などにより「夢の実現」と結びついていったことを論じた第4章、片付けにおける主役が“モノ”から“自分”に代わり、片付けという行為が「祭り」や「浄化」に結びついていく過程を描く「掃除術・片付け術」に関する第5章などは、「あぁ~確かに」と納得してしまう内容だった。

 本書全体を貫くキーワードになっているのは、タイトルにも使われている「日常」。日常の些細な行動の見直しにより、人生が劇的に変わる、夢が叶う、自分らしく生きられる……。その一足飛びすぎる自己改革っぷりや、世界や社会へのイメージの乏しさは、近年の「セカイ系」と言われる作品群とどこか似た匂いを感じるし、外の世界への興味のなさは「若者の旅行離れ」なんかとも繋がっている気がする。自己啓発書について深く考えることは、今の日本社会について考えることにもつながっていきそうだ。

文=古澤誠一郎