日の当たらないところの正義を描きたかった―『孤狼の血』柚月裕子インタビュー
公開日:2015/9/5
ゆづき・ゆうこ●1968年、岩手県生まれ。2008年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を受賞。他の作品に『最後の証人』、『検事の死命』『蟻の菜園―アントガーデン―』『パレートの誤算』『朽ちないサクラ』『ウツボカズラの甘い息』がある。
検事・佐方貞人が活躍するシリーズでブレイクを果たしたミステリー作家・柚月裕子さん。一作ごとに新しい世界を切り拓いてきた彼女が、今回作品の舞台に選んだのは昭和60年代の広島だった。新旧二つの暴力団が対立する町・呉原で、組織犯罪に立ち向かう〈捜査二課・暴力団係〉の熱き活躍を描いている。
「映画の『仁義なき戦い』シリーズの大ファンなんです。こう言うと意外な顔をされるんですが、女性の8割はあの映画のファンだと真剣に思っています(笑)。菅原文太さんらが演じるヤクザの生きざまは、女性の心にも訴えかけるものがあるんです」
ストーリーは新米刑事・日岡秀一が呉原東署捜査二課の暴力団係に配属されるところから始まる。そこで日岡を待っていたのは、警察のイメージとはかけ離れた、荒々しくも泥くさい世界だった。班長の大上章吾は表彰も処分回数も並外れて多いという型破りな刑事。ヤクザと変わらない大上の言動に、日岡は何度も面食らうことになる。
「佐方シリーズが日の当たるところの正義とするなら、この作品で描いたのは日の当たらないところの正義。大上も一般には悪徳刑事ですが、守るべきものをちゃんと持っている人物なんです」
市内の金融機関で経理を担当していた男・上早稲が約3カ月前から行方不明になっていることが判明。その金融機関は近年勢力を拡大している暴力団・加古村組のフロント企業だった。上早稲の失踪に加古村組が関与しているとにらんだ警察は捜査を開始する。
しかし、捜査のためには違法行為もいとわない大上のやり方は、正義感の強い日岡には許容できない。親子ほど年の離れた二人が、反発し合いながら、少しずつ絆を深めてゆく過程は本作の大きな読みどころだ。
「日岡が持っているのは、教科書通りの正義感です。正しいけれど、実社会で通用するものではありません。自分の価値観とは異なる生き方に出会ったとき、人は何を考え、どんな選択をするのか。この作品は日岡の成長譚でもあるんです」
そんな中、加古村組と尾谷組という敵対する組織の間で、暴力沙汰が発生する。血みどろの抗争を目前にした状況で、大上はどう動くのか。さまざまな人の運命を巻き込み、スケールを増しながら、物語は予想もつかない展開へと向かってゆく――。
「読者の方に割いていただいた時間が、無駄にならないような作品を心がけています。ミステリー的な驚きも、そのためには必要な要素。読者の予想をいい意味で裏切る作家でありたいです」
くわえ煙草にパナマ帽というスタイルの大上をはじめとして、本作には魅力的な男たちが何人も登場する。妻に頭が上がらない武闘派ヤクザの瀧井。若頭として尾谷組を束ねる一之瀬。一方で、男たちの生きざまを見届ける女性・晶子の凛とした存在感も印象的だ。
「男性は幾つになっても少年っぽいというか、やんちゃで可愛いところがありますよね。大上も強面ですけど、不器用で照れ屋でもある。女性読者に可愛いなと思ってもらえたら嬉しいですね」
アウトローがアウトローとして生きることを許された時代を背景に、もうひとつの正義を描いた『孤狼の血』。このタイトルに込められた真意が明らかになるエピローグまで、ページを繰る手が止まらない迫真のミステリーである。
「集団で自分なりの生き方を貫こうとすると、人は一匹狼にならざるをえません。『孤狼の血』はそんな生き方を受け継いでいく者たちの物語です。わたしもそんな生き方を素敵だと思っています」
取材・文=朝宮運河 写真=ミヤジシンゴ