日本初の「メカニックデザイナー」大河原邦男が今熱い!―ガンダムを描いた男のデザイン哲学

マンガ

公開日:2015/9/6

 「上野の森美術館」で「メカニックデザイナー大河原邦男展」が開催(9/27まで)、さらに新書『メカニックデザイナーの仕事論~ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』(大河原邦男/光文社)、『大河原邦男Walker [メカニックデザインの鉄人]』(KADOKAWA)、『大河原邦男新聞』(サンケイスポーツ特別版)などが相次いでリリースされるなど、40年以上第一線で活躍し続ける「メカニックデザイナー」大河原邦男氏が今とても熱い。そこでこれらの書籍や展示を取材し、大河原氏の凄さを探った。

『機動戦士ガンダムF91』デザインの変遷に見る“職人魂”

 1972年10月から始まったアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』で、日本初のメカニックデザイナーとなった大河原氏。「メカニックデザイナー大河原邦男展」には、大河原氏がこれまでにデザインした設定画が数多く展示されているのだが、そこに他の展示と一線を画する設定画が飾られているエリアがある。それは1991年に公開された映画『機動戦士ガンダムF91』に登場するモビルスーツのデザイン案を巡るものだ。本作は1979年に放送された『機動戦士ガンダム』のスタッフであった富野由悠季監督、安彦良和氏、そして大河原氏の3人が参加したことで話題となった作品だ。

 展示では、最初に大河原氏による「企画検討用 F91 デザイン案」(このデザインは後にガンダムF90として採用される)がある。それを踏まえて安彦氏によって新たにデザインされた「アニメ制作用 F91 デザイン案」が、さらにそこから大河原氏がデザインし直したものを富野監督が朱入れした「アニメ制作用 F91 デザイン案 ※富野監督からの修正指示入り」があり、最後に「アニメ制作用 F91 最終デザイン」が展示されている。これは『メカニックデザイナー大河原邦男展 図録』(産経新聞社、産経デジタル、アドシステム)にも掲載されている(本書は糸と接着剤で綴じられ、背に紙が貼られていないため、テーブルなどに置いて見たいページを開くとガバっと180度開いて勝手に閉じないので、デザインをじっくりと見られる特殊な製本がなされている)。

advertisement

 安彦氏は設定画に鉛筆書きの小さな文字で事細かにデザインの提案をしていて、片隅には大河原氏宛てに「大変でしょうねえ…いろいろ外野が口を出してすみません」などと書かれている。一方の富野監督は赤いボールペンでディティールに大胆に修正を入れ、「クリンナップの度に、オリジナルの良さが消えてゆくようです。前ラフのままの方が良いといえます」と書き残している。これらの修正をまとめあげたのが最終デザインなのだが、大河原氏はこうしたデザインや修正について、自身の生い立ちから仕事への姿勢、関わった作品の解説など記した『メカニックデザイナーの仕事論~ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』の中でこう語っている。

 常日頃から、私はアーティストではなく「職人」だと言っています。メカニックデザイナーを「職人としての仕事」と考えているので、具体的な修正点や意見があれば対応しますし、監督が出したイメージを忠実に作画し、なおかつアニメで動かしやすく、商品化まで持っていくことに集中します。
 むしろ、すべてを自分で考えるほうが大変です。制約があり、形や機能を絞ってもらったほうがやりやすい。一番困るのは「なんでもいいから次の主役をくれ」と言われること。
 そんなことを言われても困ります。私は職人であり、アーティストではないのですから。
 私は「メカニックデザイン仕事請負人」みたいな感じで、望まれることは全部、文句を言わずにやっていく。それがしっかり形になると、監督も喜んでくれるし、スポンサーサイドも喜ぶ。その結果、アニメや商品が子どもたちに届き、彼らも喜んでくれる。私はそこにやりがいを見いだしています。
(『メカニックデザイナーの仕事論~ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』より)

 そして『機動戦士ガンダムF91』のデザインについては、こんなことを語っている。

 私の『ガンダム』で描くモビルスーツの特徴は、全体的に太いシルエットで、ボリュームがある。この頃の『ガンダム』に登場するモビルスーツは、細身で頭部が小さく八頭身のようなシルエット。それが若い世代の求める『ガンダム』ならばと、若手の作りを吸収し、細身のモビルスーツをデザインしました。新鮮だとか若返ったと言われましたが、新陳代謝がないとこの業界では生きていけませんからね(笑)。やはり、若い人のいいところは勉強しなくてはいけません。
(『メカニックデザイナーの仕事論~ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』より)

 「大河原邦男展」の展示で年代を追って絵を見ていくと、大河原氏のデザインは基本やコンセプトが変わらないまま、どんどん進化しているのがわかる。パナソニックを創業して世界的企業へと育て上げ、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏は、部下や年下の人にも敬意を払い、その意見に耳を傾けたという逸話があるが、それを軽やかにこなしているのが大河原氏なのだろう。また「大河原邦男展」の図録には富野監督と安彦氏による大河原氏についての興味深い考察があるのだが、それはぜひ展示と一緒に楽しんで欲しい。

 この「大河原邦男展」の見どころなどが載っているサンケイスポーツの特別版として出た『大河原邦男新聞』では、メカニックデザイナーとしての面白さをこう語っている。

「基本的には<人物と動物以外の動くもの全部>というのがメカデザイナーの仕事になります。ロボットだとか戦艦だとかは、実は全体のごく一部に過ぎないんですよ。もちろんロボットが出るアニメなら当然ロボットは描きますけど、それ以外にも車から日用品まで、ゼロからデザインの方向性を決めていかなければならない。いわば、その世界観が持つ独特の<文化>を形作るコンセプトワークといったところでしょうか。でもまあ、それがメカニックデザイナーの醍醐味であり、また一番面白いところでもあるんですけどね(笑)」
(『大河原邦男新聞』インタビューより)

【次のページ】重厚さと対極の“軽み”が「大河原デザイン」を生み出す