「得意なことが何もない」のに周りから愛されるとある男子高校生・町田くんの秘密

マンガ

公開日:2015/9/29

 特別に美人だったり、格好良かったりするわけではない。めちゃくちゃ面白いわけでもないし、機転が利くわけでもない。それなのになぜか「人に愛される」タイプの人間は、どこの職場やクラスにも存在するように思う。彼らの周りにはいつも自然と人が集まり、朗らかな笑顔であふれている。その理由とは一体何なのだろうか。

 安藤ゆきのマンガ『町田くんの世界』(集英社)に登場する主人公、町田 一(はじめ)くんは、まさにそんな、得意なことはないけれど、周りからたくさん愛されている人間である。

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 16歳の高校生である町田くんは、外見は黒髪のメガネで、落ち着いた賢そうな青年に見えるものの、実は勉強が苦手。試験はオール追試という有様である。また、5人兄弟の長男であり、最近は身重の母をおもんばかって朝食を作るようになった優しい町田くん。しかし残念なことに、料理は基本、目玉焼きとゆで玉子しか作れない。運動も苦手で、50メートル走は12秒台である。加えて、アナログ人間なのに活字が苦手で、あらゆることに要領が悪い町田くんは、自分のことを「得意なことが何もない」と考え悩んでいる。

 しかし、当の本人は気がついていないのだが、町田くんは弟や妹はじめ、クラスメイトや教師など、周囲の多くの人々からとても愛されているのだ。

 例えば、町田くんは料理が苦手にも関わらず、母親から「ハンバーグが食べたい」と言われれば、最大限の努力をする。スマホを持っていない彼は、学校の休憩時間に図書室でレシピを調べ、時間が足らなくなると、授業中まで料理の段取りの計画を立てる。

 その結果、授業中に先生に指名されて答えられないことも。しかし、放課後に先生の資料を運ぶ手伝いをこなし、職員室では先生の口についている「あんこ」まで取ってあげるので、嫌われることはない。夕飯の買い物へ急ぐ帰宅途中、野球ボールを頭にぶつけられても「レギュラー入りおめでとう!」と祝福し、怒らない。高い所に手が届かず困っている女子には自然に手を貸し、危険な交差点では、荷物の多いおばあさんをおんぶして道路を渡る。帰宅するまでのわずかな時間、これだけの親切をごく自然にやり遂げる町田くん……。

「人が好きなことだけは自信がある」と言う彼は、周囲のことをとてもよく見ているし、不器用だけれど、それに負けないくらい何事にも真摯に取り組むので、周囲の人から一目置かれ、愛されるのは当然だと言えるだろう。

 また、第2話からは、授業にほとんど出席せず、放課後にはナンパしてくる男性と遊んでいるという噂の美人・猪原さんが登場し、徐々に町田くんとの距離を縮めていくエピソードが描かれている。授業中、彫刻等で指を切ってしまった町田くんを、保健室で授業をサボっていた猪原さんが、自分のハンカチで止血して手当てをしてくれる。それがきっかけで、徐々に彼女が気になりだす町田くん。2人の関係が、今後、恋に繋がるかどうかも見逃せないポイントである。

 本書は、学校中の話題になるような「格好良くて完璧な男の子」が、女子の心を癒す……という王道の少女漫画ではない。しかし町田くんの、人の良い所をすぐに見つけ、それを素直に口に出して褒める所や、いつも相手の気持ちを想像して、寄り添おうとする態度に心がとても温かくなる。彼の不器用ながらも一生懸命な行動に癒され、ファンになる人は多いはずだ。

 いつだって、優しい気持ちで誰かとまっすぐに向き合おうとする「人が好き」な町田くん。「得意なことが何もない」彼が愛される秘密は、人を大切に想うその気持ちにこそ、あるのかもしれない。

文=さゆ