トイレを、いざという時に“どこでもできるようにする”ことが大事―日本トイレ協会会長・高橋志保彦さんインタビュー【後編】

社会

公開日:2015/10/15

トイレ学大事典』(日本トイレ協会編/柏書房)

 「トイレ」をあらゆる方面から調査・分析し、そのすべてを網羅した、読み物としても非常に面白い畢生(ひっせい)の大著『トイレ学大事典』(日本トイレ協会編/柏書房)を完成させた日本トイレ協会。その会長で編集委員長を務めた建築家、都市デザイナーの高橋志保彦さんに、トイレについて目からウロコなお話を伺うインタビューの【後編】。キレイで快適、水洗で便座も暖かく、温水洗浄機能があって当たり前というトイレに慣れてしまった日本人は、いざという時のためにいろいろと考えておかなければならないことがたくさんあるのです!

【前編】はこちら

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    日本トイレ協会 高橋志保彦会長

災害時に必要な「トイレ袋」の数は、4人家族で80個!

 縄文時代にはあちこちで勝手気ままに用を足していた日本で、トイレをする場所が決まったのは農耕の始まった弥生時代からだそうだ。水が豊富な日本では川の上に小屋を作って水に流していたのだが、これが「川屋」と呼ばれる所以だ。また現時点で確実にトイレといえる最古の例は、694~710年に都が置かれた「藤原京」で発掘された土坑型汲み取り式トイレ、弧状溝形水洗式トイレ、溝架設型水洗式トイレの3形態だという。それから約1300年、現代ではトイレの水を流さない子どもたちがいるという。そう、自動で蓋が開き、自動で水を流してくれる便利過ぎるトイレに慣れてしまった「現代っ子」だ。

「快適なトイレは結構なんですが、トイレがここまで進化してしまうと、今の子どもたちがどうなるんだろうという心配はあるんです。世界では水洗トイレなんてなくて、ボットン便所しかない、またそれさえもないところも多いですからね。果たして彼らが世界に行った時に活躍できるんだろうかと。例えばオシッコを我慢し過ぎると尿毒症になって、最悪は死んでしまうかもしれないんですよ。そうならないためには、親や先生がトイレトレーニングをして、緊急の時はどんなトイレでもできるように、もしトイレがない場合でもできるようにしておくことが大事なんです」

 それは近年多発している災害に関わるトイレ事情にも通じる問題だと高橋会長は指摘する。2011年の東日本大震災では断水して水洗トイレが使えなくなり、排泄物が溜まって大変なことになったというレポートが本書に掲載されている。

「トイレがなくなると、現代人はまったくの原始人になってしまうんです。穴を掘ってやるしかなくなる。でももし津波や洪水で水が溜まっていたら、また、周りがコンクリートで固められていたら穴は掘れないんです。人間はだいたい1日5回オシッコをして、1回ウンチをする。災害時は回数は少なくなるかもしれないですが、人間の小腸は新陳代謝してカスを出すから、食べなくても出るんですよ。それから東日本大震災の時は救援が来るまでに7日かかったというデータがあります。それに備えるには、1人あたり1日5袋は携帯トイレを用意しておかないといけない。それを1週間分、そうすると35袋いるわけです。緊急時だからオシッコは袋を2回使うことにしても、1日3袋はいる。そうなると1週間で20袋程度は必要になる。これが4人家族だと80袋。相当数いるわけですよ。これをね、皆さん知らないんです。災害に遭ってから困ってしまう。なので今のうちから備蓄しておいてほしいですね」

 さらに1週間経って被災地に仮設トイレが設置されたとしても、これは汲み取り式なので、使い続けるにはバキュームカーが必要になる。しかし現代は汲み取り式トイレが激減しており、バキュームカーが不足している状態なのだという。高橋会長は「洋式トイレに袋などをセットして用を足して、それを大きな箱など1カ所に集め、定期的に運んで処理するのが一番いいのではないか」と考えている。近年では下水に直接排泄する「マンホールトイレ」の設置も増えているそうだが、トイレと災害の問題はまだまだ多くの課題を抱えているのだ。

トイレとは非常に民主的なもの

 最近のトイレはキレイになっただけではなく、空間サイズやデザイン、動線なども劇的に変わり、誰もが快適に使えるようになってきているという高橋会長。

「例えば身障者用トイレですが、これまでいろんな機能を盛り込んできました。車いすの人だけではなく、中で着替えができたり、オムツも替えられる、オストメイトの人がストーマを洗える、といろんな機能を盛り込んだんですが、その結果多くの人が使うようになり、誰かが入るとなかなか出てこないということが起こるようになってしまった。なので今は機能を1カ所に集めるのではなく、トイレの間口を広げるなどして車いすの人も普通のトイレを使えるようにするなど、機能を分散する方向に行き始めています。また最近ではLGBTの問題もありますね。ニューヨークのトイレは男女別から一緒になった例もあります。これまでのトイレは機能的に考えて『分ける』ことをしてきましたが、今後は一緒にした方がいいケースも出てくるでしょうね。それはみんながトイレをどう捉えるか、ということ。そういった意味では、トイレとは非常に民主的なものなんです」

 また駅トイレなどにある和式便器も、これまで掃除やメンテナンスがしやすいなどの理由で設置されていたが、近年は減少する方向にあるという。

「僕が大学で教え始めた二十数年前、大学生にトイレに関してのアンケートを取ったことがあるんですが、その頃は8割の人が『和式がいい』と言っていたんです。誰かが触れた便器に触れたくない、という理由からです。ところが最近のアンケートだと、8~9割が『洋式がいい』と答えました。便器メーカーがいいものを作って快適になったこともあるし、洋式しか使ったことがない人も増えたこともある。またしゃがめない若者がいたり、逆に高齢者になるとしゃがむのが辛いということもあります。それから家庭のトイレに関して言うと、洋式便器は大や女性にはいいですが、男性の小には向いてないんですね。だから今後はその点でイノベーションがあるんじゃないかなと思ってるんです。男性がオシッコをしようとすると、グーッと便器が上がってきたりとかね(笑)。男性が自分で掃除するようになるんだったら、家庭用小便器の復活もあるでしょう。ただ洋式トイレとは別に設置しないといけないから、スペースの問題もある。そうした問題をクリアできるなら、復活してもいいんじゃないかなと個人的には思ってるんですけどね」

 すでに極限まで進化したと言っても過言ではない現代のトイレ。今後、まだまだ進化していくのだろうか?

「人間の特性として、昔に戻ることはあまりあり得ないので、成長はするでしょう。しかしその度合いは緩やかになっていくだろうと思いますし、緩やかになっていいくらいのところまで進化したと言えるでしょうね。だから『トイレ大事典』を作った、というところがありますから、トイレで体重が計れたり、健康診断ができたりということはもうすぐ可能になるでしょう。しかしそれは常に病に不安を感じることになります。でも知ることで予防することも大切です。知ることの不幸や心配と、知らないことの幸せや安らぎ、そうした人々の『思い』によって進化の度合いが決まるでしょう。そしていざという時に昔に戻れる、どこでもできようにすること、そのしなやかさをどう身につけるのかということが大事になってくるでしょうね」

取材・文=成田全(ナリタタモツ)

【プロフィール】
建築家・都市デザイナー 高橋志保彦
たかはし・しおひこ 1936年新潟県生まれ、宮城県仙台市で育つ。早稲田大学第一理工学部建築学科卒業後、竹中工務店に入社。ハーバード大学デザイン学部大学院建築学専攻修了。69年独立。横浜における都市デザイン業績により「横浜文化賞」を受賞するなど数々の作品を手掛け、神奈川大学などでも教鞭を執った。現在は高橋建築都市デザイン事務所所長、神奈川大学名誉教授、前武漢理工大学客員教授。趣味は油絵。