7万のお寺が拓く日本の未来 ―東大出身住職の提言とは

社会

公開日:2015/10/29

『お寺の教科書 未来の住職塾が開く、これからのお寺の100年』(松本紹圭、井出悦郎:著/徳間書店)
『お寺の教科書 未来の住職塾が開く、これからのお寺の100年』(松本紹圭、井出悦郎:著/徳間書店)

 いつからであろうか。「仏教」に静かなブームが到来している。しかし、「仏教ブーム」とはいわれていても、「お寺ブーム」という言葉はあまり耳にしない。日本社会の中での「お寺」の立ち位置が、私たちの日常の生活の中からは、遠ざかっていっているのかもしれない。

 今回紹介する『お寺の教科書 未来の住職塾が開く、これからのお寺の100年』(松本紹圭、井出悦郎:著/徳間書店)は、日本の未来を切り拓いていく可能性をこの「お寺」に託し、日本のお寺が21世紀を生きる私たちのニーズに応えるものとなるよう、これからのお寺や仏教のあり方を提言した1冊である。

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 10年ほど前、ある一人の東大出身の一般男性が、お寺の住職となった。その人こそが、本書の著者、松本紹圭氏である。松本氏は、北海道で生まれ育ち、東大文学部卒業後、神谷町の光明寺に所属する僧侶となり、2010年にはインドでMBAを取得している。このような異例の経歴を持つ松本氏がお寺に入った理由は、彼が幼いころから親しんできたお寺に眠る可能性と、一方でそれが眠ったままであることへの危機意識を感じ、お寺から日本を変えたいという思いが生まれたからであった。

 そんな松本氏は、これまで仏教の可能性を広げるべく様々な企画に挑戦してきたが、その中でも超宗派のWEB「彼岸寺」や、神谷町オープンテラスのお寺カフェなどは有名である。このような、日本がふるくから伝統的に培ってきた「仏教」を21世紀の人々の暮らしにあった形に合わせて変えていく挑戦は、多くの人の足をお寺に向ける結果へと繋がった。そうして開校したのが、この本のタイトルにもある「未来の住職塾」であった。全国から集まった日本のお寺の担い手となる人々が、21世紀のニーズに適応したお寺のあり方や経営方法を共に学びあう場所だ。

 統計数理研究所が5年に1度実施される国民性調査の中で、「あなたが一番大切にしているものは?」という問いに対し、毎年「家族」が1位にランクインしているそうだ。家族との物理的距離が遠くなり、親戚同士の関わりも希薄になってきた一方で、私たちは以前よりも強く、家族の絆がもたらす安心感を求めるようになった。しかし、肝心な絆を強める「きっかけ」は、現実のなかでは与えられないためにその渇望は増すばかりで、現実とのギャップはますます拡大する。

 そんな21世紀の社会の中で、お寺が果たすべき役割は何であろうか。松本氏は考えた結果、人々の渇望を満たす、開かれたコミュニティー空間を創り、提供することであると提言した。

 ここで本来ならば、コミュニティー空間としてのお寺創りを率先していくリーダーとなるのはお寺の住職であるはずだ。しかし多くの住職は、仏教については習っていても、お寺を存続させるための、お寺を運営しマネジメントしていく方法は誰からも教わったことがなく、知らなかった。松本氏はここにひとつ、お寺の可能性を閉ざす大きな要因を見た。

 松本氏は、21世紀の日本社会やお寺の問題点を自らが学んだ経営学の視点からも分析、そこで見えた課題を解決するための住職塾や講演会を全国で開いた。そこで住職たちは、これまで誰も教えてくれなかった「お寺を運営しマネジメントしていくためのノウハウ」を学んだ。例えば経営戦略を検討するときに使われる「アンゾフのマトリクス」などのフレームワークを用いた分析などから見えてくる、自身のお寺の課題、そして眠ったままの可能性に気付き、多くの住職はここで衝撃を受ける。そこから各お寺は、開かれたお寺の未来に向けて改めてビジョンを描き、独自に考えた具体的な施策をスタートさせていくのであった。

 こうした松本氏の活動を中心として、お寺は今、「歴史を守る場から、地域のコミュニティーをデザインし、ご縁を再生していく場へ」と変わろうとしている。日本人が最も大切にしているものが「家族」や人との繋がりである限り、お寺が目指すコミュニティーのデザインは、日本社会を動かしうる可能性を持つだろう。日本の未来のため、今こそ変わろうと動き出した、お寺の可能性を感じさせる1冊だ。

文=松尾果歩