中島らも、幻の戯曲が現代に ―池田純矢×鈴木勝吾対談

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更新日:2015/11/5


 稀代の作家、故・中島らも氏が遺した戯曲「ベイビーさん~あるいは笑う曲馬団について~」に挑むのは若き俳優、池田純矢と鈴木勝吾。

 らも氏より唯一、所属劇団外で戯曲の演出を許されている演出家・G2と初顔合わせとなるふたり。新たな世界に飛び込んだ彼らの思いを、稽古場での貴重な写真とともにお届けする──語られる言葉がすべて、ではないけれど、役と向き合うその片鱗に触れてほしい。




本読み中の鈴木勝吾(左)と池田純矢(右)

稽古3日目を迎えた、僕らは考える

──舞台は第二次世界大戦勃発直前の満州。主演にして日本軍慰問のために訪れる曲馬団の監視を命じられる内海少尉を池田純矢さん、戦争で両親を亡くし曲馬団に拾われる少年、ボーズを鈴木勝吾さんが演じます。

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池田:まだ稽古は始まったばかりですが、顔合わせからがっつり本読み(脚本の読み合わせ)をして話をしたので方向が見えた感じです。G2さんはとても的確に、僕が声にした台詞に対して「今のだと見えないよ」と言ってくださるので、とても性分にあっています。
ある台詞があって、その気持ちになるためには、ひとつ前の台詞をこのくらいに持ってくる、といったロジック的な話ができることがすごく心地いいんです。だから今は基礎となる数式を組み立てている感じです。

鈴木:僕は……やっぱりスタートダッシュが苦手で……たとえば本読みとか。だって、身体が動くからこそ出る声があるから、早く身体を動かしたい。

池田:ふふっ。一輪車に乗れるようにもならないと、だしね。

鈴木:それも、ただ乗れればいいという話でもなく。徐々に乗れるようになって、なおかつボーズを演じるわけだから。
でも、そういった身体的なことよりも、心が難しい。単に子どもを演じればいい、という話ではないから、今回は時代背景についてずっと考えています。これは作品によるんだけど、稽古場を出たとたんに役のことを忘れたほうがいいときと、稽古以外の場所、もっと遠くからいろいろと持ってくるべきときがあって、今回は常に「ボーズを作ろう、作れよ」って身体が言ってる気がするんだよね。

池田:確かに、今回の舞台で僕らが何をバックボーンに背負うのか? 背負っているのか? もっと言えば、それを見せることができるのか? はすごく大事だと思う。
たとえば本当に戦争を知っていたとしても、それを表現できるかどうかはまた別の話なので、G2さんの「見える、見えない」という判断はとてもうれしい。役者といっても人間同士だから最初から全員がバチッと合うはずはなくて、演出家の方がそれをすりあわせるための軸となってくださると思うんです。

鈴木:わかる! だから、今から1週間後くらいが楽しみだよね。

池田:うん。みんなの答えを見せ合って、そこから今度はさまざまな解釈を込めて情感を積み重ねていく……国語になる感じがしています。

鈴木:そう! らもさんの脚本はすごく余白があるよね、という話をしていて。その、余白の部分を考えていくために基礎があって、基礎があるからこそ余白に対してこうもできる、ああもできる、といろいろな解釈を積み重ねていけることがおもしろい……。
だからね、俺、きっと、この作品自体が「ベイビーさん」なんだな! って思っちゃったの。

──補足すると、曲馬団にはいろいろな動物とともに「ベイビーさん」と呼ばれるものがいて、人によって異なる動物に見えるという不思議な生き物です。

鈴木:その、なんにでも見える、というところをG2さんがどう捉えて、僕らもどう捉えるか? が大切で、その余白をどう見せるかにかかってくるんだと思うんです。お話がすごくシンプルなだけに、時代背景や生きている人の匂いや空気、密度がないとさらさらと流れていっちゃう舞台に感じていて。

池田:確かにあらすじだけを見ると、すごくシンプルに感じるかもしれないね。でも、きっと中島らもさんはそんなつもりで書いたわけではないと思うから、現代の人が現代の感覚で演じる内容ではないと思う。

鈴木:かといって、どろどろした戦争の話ではないし……あー! 難しい!!

池田:だからこそ内海の背負うものを密にしたいよね。舞台の上にあるのは、内海がこれまで軍人として生きてきた数日間が切り取られているわけで、その切り取られた部分を、前からつながっている日常のひとつとして見せる。そのことが、すごく演劇的だと思っているんです。

鈴木:確かに。この戯曲の中では内海とボーズの人生に変化が起こるけど、曲馬団のみんなにだって、それまでに同じような瞬間はあったはずなんだよね。

池田:そう。だから僕らの物語だと思って演じちゃダメな気がする。

鈴木:ああー……そういう意味では最初を創るのがいちばん難しい。どんな内海が曲馬団と出会うのか。どんなボーズが曲馬団と出会うのか……。

池田:最後、内海はどうするのかなあ……。

鈴木:どうするの?

池田:選ぶんだろうな……人生を。






舞台の上にいるであろう、僕らを思う

──興味深いのはともに「与えられた役」だけでなく、その戯曲の成り立ちや背景までも捉えようとしていることです。

池田:それは作品や演出家さんによると思っています。逆に考えないほうがいいときもあるし。

鈴木:やることがたくさんあって、日々、追われていくなかで深まっていく役もあるし。今回みたいに繊細な詩みたいに紡いでいく舞台もあるしね。

池田:なによりも、今回はG2さんの舞台なので。僕はG2さんの演出が好きでずっと観ているんですけど、どの作品も楽しい気持ちになって「ああ、演劇を観たなあ……」という満たされた気持ちになるんです。たとえば、劇団四季や宝塚といった歴史あるエンタメを一生に一度は観てほしい、と思う感覚に似ているというか。

鈴木:……あっ、今、わかっちゃった。劇団四季も宝塚も、ものすごくフィジカルなところを鍛えて鍛えて、そこに気持ちを乗せて「人」を創っていると思うんだよね。ひょっとしてG2さんもそうなのかな?
細かく細かく緻密に突き詰めて作り込んでいって、なお、さらりと見せるから純矢が「おもしろい」「大好き」って「すごく、観た……!って思う」と感じるのかな?

池田:そう! G2さんの舞台はさらっと楽しくて、バン!と派手で……って見えるけど、そう見せていることが実はすごくて、ものすごく密に濃厚に作られている。

鈴木:実は入り方ひとつにしても、繰り返し繰り返し、その角度を考えて、深さを考えて詰めて詰めてやっているってことだね。それを、俺たちはこれからやるんだ。いや、やらなくちゃいけないんだ……。

池田:そうだね。ただ、ものすごく正直に言っちゃえば、僕らの、この姿はお客さまにお見せするものではないとも思っていて。ただ、今、こんな思いで作っているよ、ということは真摯に伝えたい。

鈴木:「すごく楽しかったけど、よくよく考えたら、この芝居すごくない?」という舞台になったらいいな。

池田:観てくれた人が「一回は、観たほうがいいよ!」という舞台にしたい。

鈴木:したいね……本当に。いや、しなくちゃね。

池田:うん。まだ稽古は始まったばかりですが、今はただ少しでも多く、もっともっと積み重ねていきます。
そして、ただただ楽しい舞台を作り上げて、楽しんでいただく、それだけを目指します。

「ベイビーさん~あるいは笑う曲馬団について~」は11月7日(土)~14日(土)、Zeppブルーシアター六本木にて上演。

取材・文:おーちようこ

撮影:田中亜紀

公式サイト:http://baby-san.com/

「ベイビーさん~あるいは笑う曲馬団について~」
作:中島らも
演出:G2
出演:池田純矢 鈴木勝吾 井澤勇貴 入来茉里/久保酎吉 植本 潤 木下政治 林希 坂元健児/小須田康人/松尾貴史 ほか

こどもの一生/ベイビーさん―中島らも戯曲選』〈1〉(中島らも/論創社)