救いすら感じる? 湊かなえが描く幼児誘拐ミステリーに魅せられる

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

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『境遇』(湊かなえ/双葉社)

 人と人とをつなぐものは、寂しさなのだろう。泣きながら生まれた私たちは、孤独を紛らわそうと、必死で誰かとつながろうとする。誰かに寄り添わなくてはとても生きられない。だが、人に近づいても、時に虚しさに襲われることがある。突きつけられるのは、家族だろうが、親友だろうが、所詮は他人という事実。だからこそ、気持ちが上手く伝わらないこともある。

 そんな人と人とのつながりの儚さを描いた本がある。それは、湊かなえ氏著『境遇』(双葉社)。朝日放送の創立60周年を記念して2011年に書き下ろされ、松雪泰子、りょう主演でスペシャルドラマとして放送された作品だ。一気読み必至! ノンストップミステリーにあなたも魅せられるに違いない。

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 主人公は36歳のふたりの女性。デビュー作の絵本『青空リボン』がベストセラーとなった高倉陽子と、新聞記者として活躍する相田晴美は、ともに生後間もなく児童養護施設に預けられたという過去を持つ親友同士だ。ある日、「世間に真実を公表しなければ、息子の命はない」という脅迫状とともに、陽子の5歳になる息子・裕太が誘拐された。「真実」とは政治家である夫・正紀の不正献金疑惑についてに違いない。晴美の力を借りて、「真実」を求め、奔走する陽子。すると、陽子の絵本のファンだという一人の女性の存在が浮上する。犯人はその女性なのか、それとも…。

 陽子の描いた絵本『青空リボン』は、晴美が陽子に打ち明けた話をもとに書いた物語だ。晴美は、母親が残した手紙と青いリボンだけが支えだった。陽子は、はじめは息子のためにこの話を絵本として描いたが、夫の後援会会長夫人が「選挙を有利に運ぶ要素のひとつになれば」と、勝手に絵本大賞新人賞に応募してしまったことがきっかけで、陽子は絵本作家としてデビューすることになった。陽子の目の前に現れた女性は、もしかしたら、晴美の過去を知る人物なのか。人は生まれる環境を選べない。しかし、その後の人生は自分の意思で選び、自分の手で築いていくことができる。犯人の示す「真実」が明らかになるとき、ふたりの歩んできた境遇が浮き彫りになっていく。

 湊氏といえば、読者の心を重くするような結末の作品を描くのを得意とし、「イヤミスの女王」などと呼ばれるが、それは湊氏の作品の魅力の一面であってすべてではない。この作品は、幼児誘拐を軸としたミステリーという体裁をとっているが、描かれているのは、濃厚な人間ドラマ。決して後味が悪い作品ではなく、救いすら感じられる。しかし、ささいなすれ違いから人が憎悪を抱き、次第に人間関係が崩れていくそのさまは、湊かなえ氏でなければ描けなかったのではないか。ふとしたことで善人にも悪人にも転じてしまう人間という存在の危うさを湊氏は巧みに描き出している。

 文庫版には、陽子が描いた、事件のカギをにぎる絵本『青空リボン』が特別収録されているから、想像力がよりかきたてられる。湊氏のファンも、まだ湊氏の作品に触れたことがない者もぜひとも読んでほしい1冊だ。

文=アサトーミナミ

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