科学は猫と嫁で面白くなる ご意見番竹内氏の“エッセイ”でエンタメ学習

科学

更新日:2015/11/18


『猫が屋根から降ってくる確率』(竹内 薫/実業之日本社)

 昨年に続いて今年も日本人研究者がノーベル賞を受賞した。毎年、大騒ぎになっているので、秋になると科学は苦手なのに、科学にまつわる話に惹きつけられる。

 今年は、物理学賞に輝いた梶田隆章さんのニュートリノ研究により、地球や私たちがなぜ存在するのかという壮大な宇宙のロマンがぐっとリアルに感じられて、ドキドキさせられた。また生理学・医学賞を受賞した大村智さんが、莫大な富が得られる権利を放棄してワクチンを無償提供し、年間3億人を失明の危機から救っていると知り、偉人そのものではないかといたく感動した。

 ただ、“科学”自体への興味はどうも続かない。難しい用語や数式がたくさん出てくるので、どうにもとっつきにくく感じてしまうからだ。

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 そんな私のような理系アレルギーの人にも、こうした実はドラマチックな科学をハードルも低く魅せてくれる本がある。さまざまなメディアで科学についてわかりやすく解説する竹内薫氏の『猫が屋根から降ってくる確率』(実業之日本社)だ。同書は、週刊新潮で連載された“エッセイ”からとっておきを自選した一冊。

 いつも楽しく科学を紹介する竹内氏が、飼い猫の「シュレ猫」と奥さまの「K妻」、そして時々お子さんの「R嬢」を登場させ、絶妙なツッコミを入れながら、科学のドラマやその裏側を綴る。一話一話が短く読みやすい上、思わずぷっと吹き出しながらも、すらすらと科学にまつわる話が入ってくる。

知りませんでした…ノーベル賞に「4人目」の悲劇があったことを

 昨年、ノーベル物理学賞に赤崎勇さん、天野弘さん、中村修二さんの3人が選ばれたことは記憶に新しいが、実はノーベル賞は、各分野3人までと受賞枠が決まっているという。ただし、平和賞は団体や組織にも贈られ、文学賞は1人までとのこと。

 そのため、多大な貢献をしながらも人数制限から受賞できない、「4人目の悲劇」が毎年のように起こっているのだそう。中でも衝撃的だったのは、DNAの二重らせん構造の発見に貢献したロザリンド・フランクリンさんという女性の研究者が、自らが撮影したX線写真を同僚に盗まれた上、それを使った同僚ら3人がノーベル賞をちゃっかり受賞したという話。結局、フランクリンさんは正当に評価されることなく、ガンで早くに亡くなったという。

 あまりに悲劇的なので調べてみたら、彼女側のストーリーが描かれた伝記や、同僚側からの言い分である書籍などが世に出ていた。アメリカでは、TV映画にもなっていた。ちなみに、このTV映画でX線写真を盗んだ“同僚”役は、映画『ジュラシック・パーク』などで知られるジェフ・ゴールドブラムが演じているらしい。日本では以前に旧 NHK教育(現Eテレ)で放送されたことがあるらしいが、その他のリリース情報はない。改めて、こちらもさらに気になってしまった。

 また、1965年にノーベル物理学賞を朝永振一郎さんが受賞したときには、物理学者のフリーマン・ダイソンさんが4人目になってしまったらしく、最近では2008年に化学賞の4人目となり受賞を逃したダグラス・プラッシャーさんが、生活するため車の販売店の運転手となって日当を稼いでいたといい、世界が涙したとか…。

ドラマな科学に軽妙なツッコミを入れる「猫」と「妻」

 同書ではこうしたシリアスな話を竹内氏が語るごとに、横から「猫」やら「妻」から、絶妙なツッコミが入る。この「4人目」の悲劇では、こんなツッコミが入っている。

シュレ猫「まさに天国と地獄だな。なんで業績に関わった全員に賞を出さねぇんだ?」
ボク「ふ、ビジネスだよ、ビ・ジ・ネ・ス」

 1分野3名という受賞枠にこだわるのは、希少性があるから。だからこそ、ノーベル賞はその価値を高めているのだと竹内氏は指摘する。そして、受賞に至らなくとも、すばらしい活躍をしている科学者が世の中に大勢いることを熱く語る。かと思えば、それをクールダウンするかのように、飼い猫がまた良いことを言うのだ。

シュレ猫「我が輩が思うに、科学者の真の名誉はノーベル賞ではなく、方程式や反応に名前が冠され、世の中の役に立つことじゃないかにゃ」

 言うまでもなく、これも竹内氏の考えなのだが、猫との対話を通じて「にゃ」と語らせることで、ほんわかと身近に感じさせる。家族にツッコまれまくる自虐もあったりで、フィクションでありながら妙に生々しい。時折、とっつきにくい科学用語も出てくるが、この世界観が柔らかく、ユーモアに富んでいるので、理系音痴にも居心地よく楽しめてしまう。

 残念だが連載は終わっていて、タイトル「空から猫が降ってくる確率」にある“猫の降り方”については続編で語られるのだとか。エッセイながらエンタメ小説のように惹きつける同書のその続編が待ち遠しい。

文=松山ようこ