現代と江戸、日本と海外、忍者のイメージはどう違う?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17


『忍者研究読本』(吉丸雄哉、山田雄二、尾西康充:編著/笠間書院)

 忍者とは、天狗のようなもの――『忍者研究読本』(吉丸雄哉、山田雄二、尾西康充:編著/笠間書院)は、このような言葉で始まります。これは「それに纏わるお話はたくさんあるし、それがどういう姿をしていて、またどのような事をするのかも誰もが知っているのに、実際にその姿を見た者は居ない」という意味です。本書は、忍者を題材にしたフィクション作品やそこから定着していった忍者のイメージについて中心に取り扱っています。

 忍者は、現代では「忍者」という呼称で定着していますが、昭和の前期……戦前あたりまでは「忍び(の者)」の方が一般的でした。そして、当時の忍者のイメージとして「忍術をもちいてしのび入り、大事なものを盗んで戻ってくる」というものが定着するまでには、フィクションで描かれる忍者の話のパターンが大きく関係しています。そのパターンとは、まさに前述した当時のイメージそのものといっていいでしょう。実際に目にすることができないからこそ、フィクションで描かれる忍者の物語がとても強い影響を与えるのです。

 ちなみに、このイメージの大本となったのは江戸時代の物語で、浅井了意の『伽婢子(おとぎぼうこ)』収録の「飛加藤」と「窃(しのび)の術」という2つの説話だとされます。が、実はこれらは、中国の『五朝小説』の構成を参考にしたらしいのです。『五朝小説』の中に、超人的な術を使って大事なものを盗むために潜入する者がおり、これが原型になったのだとか。忍者の起源に中国が関わっているとは驚きです。

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 この忍術、遠い場所へ素早く移動する(走る)、塀を飛び越えるなどといった常人を超える体術から、動物への変化、姿を消す、幻影を見せるなど……ほとんど妖術レベルの摩訶不思議な術まで各種取り揃えてあります。ちなみに、こういった忍術の形が定着したのも先述した浅井了意の2つの説話が大きく影響しています。しかし、こういったいわゆる王道パターンの忍者物語は、司馬遼太郎著『梟の城』などの登場により、下火となっていきます。これに伴い「忍術を使ってしのび込み、大事なものを盗ってくる」という話型は現代ではほとんど見られなくなりましたが、忍術を使う・潜入するといった基本的なところは、現代の忍者の根元的イメージとして残っています。

 現代では、日本の忍者が海外でも人気を博しています。特に欧米を中心とした西洋で人気のようで、その欧米忍者ブームは忍者グッズ・忍者の教科書の新品が今でも大量に買えるほどだとか。また、ブームの盛り上がりに乗じて「ニンジャ道場」も多く開かれたようです。ちなみに、この道場は日本人が外国人を対象として開いたものもあれば、欧米人が開いたものもありました。ただ、道場という形式から、忍術をある種の格闘術と考える欧米人も多いようです。つまり、ニンジャ道場といっても、敵の城にしのび込んだり、敵を闇討ちしたりといった「忍ぶ技術」ではなく「ニンジュツという格闘技」を教えているのです。この道場に通っても、日本人がイメージする忍者になることは難しそうですね。

 グッズ、教科書、はては道場までも作らせてしまう欧米の忍者ブーム……さて、彼等は忍者のどこにそこまで惹かれているのでしょうか? 『忍者文芸研究読本』では、理由として考えられるものがいくつか挙げられています。東洋の神秘性、無敵の戦術(忍術)、暗いイメージの魅力などです。これらを言い換えると、謎に包まれた神秘性、多様でありだからこそ底知れぬ強さを見てしまう忍術、そして闇に生きる者の魅力……これらは、多くの日本人が忍者を好きな理由と大して変わらないとは思いませんか? むしろ似ている部分の方が多いでしょう。江戸時代にフィクションの世界で活躍し始め、今尚根強い人気を得ている忍者の魅力は、国境を越えて共有されているのかもしれません。

文=柚兎