院卒の長男と高卒の次男では相続額が異なる? 今、知っておきたい相続のこと

生活

公開日:2015/11/21


『事例に学ぶ相続事件入門 事件対応の思考と実務』(相続事件研究会:編/民事法研究会)

 相続、それは人の死を契機として起こる(民法882条)。人間がいずれ必ず死ぬ生き物であることからすれば、相続の起こらない家庭はない。すなわち、“相続で家庭が崩壊する”危険性はすべての家庭に潜んでいることになる。それにもかかわらず、相続について深く理解している人がどのくらいいるだろうか。

 核家族化が進んでいるとはいえ、天涯孤独な人は少ないだろう。離れた場所で子ども、あるいは、両親、兄弟が暮らしているという人がほとんどではないだろうか。『事例に学ぶ相続事件入門 事件対応の思考と実務』(相続事件研究会:編/民事法研究会)では、個々の家庭状況に照らして、どのような問題が生じるかが詳細に説明されている。相続事案で典型例とされるのが、2人の子どもを持つ夫婦で父親が亡くなった場合だ。この場合、母親である配偶者(民法890条前段)及び2人の子ども(民法887条1項)が相続人となる。もし父親が1000万円の銀行預金を保有したまま亡くなったとしたら、配偶者が500万円(2分の1)、子どもたちがそれぞれ250万円(4分の1)ずつ相続することになる(民法900条1号)。これを「法定相続」(条文どおりの相続)という。

 もっとも、実際には、より複雑な事案となることが想定される。たとえば、先ほどの例で、長男が大学院まで進み、これにより生活が苦しくなってしまったため、次男が高校を卒業後働いていたとする。そうすると、多額の資金を投資してもらった長男と苦労して家庭を支え続けた次男との間で不公平が生じることになろう。この場合、次男としては長男に対し「兄さんばかりずるい!」と言いたいはずだ。このような不満に対処するのが特別受益の概念だ。これはそのような特別な利益の供与がなかった場合に存在していたであろうお金を相続人で分けさせるものである。すなわち、仮に200万円分の学費の援助が行われずにいたとすれば、父親は死亡時1200万円を保有していたことになる。これを配偶者及び子どもたちで分ければ、配偶者は600万円、子どもたちは300万円ずつ受け取れる。しかし、実際の財産は1000万円であり、長男はすでに200万円を受け取っていることから、相続として受け取れるのは100万円だけということになる。同じことは婚姻の費用、生活費の援助が相続人の一部に対してのみ行われた場合にも起こる。相続にはこのような家族間の不平・不満を解決する制度が設けられている。次にご紹介する遺留分もその1つだ。

advertisement

 たとえば、両親の離婚後、母親に育てられた子どもがいたとしよう。母親が亡くなり、生活費に困っていたところ、父親が事故死したという連絡があった。幸い父親にはいくらか財産があったが、遊び人だった父親は全財産を行きつけのスナックのママに遺贈する、という遺言を残していた。この場合、子どもとしては「生活費をください」と言えてしかるべきだろう。この主張を根拠づけるのが、遺留分減殺請求権だ。これは、遺族の最低限の生活を保障するために認められているもので、有効な遺言があったとしても、いくらかの金額を請求することができるものである。これにより、父親の全財産がスナックのママに渡されることは阻止することができる。

 このように民法には遺族が抱くであろうさまざまな不平・不満に対処し、家庭が崩壊しないための手当てが施されている。こういった制度を知っておくことで、いざ相続が生じたときに、冷静に対応できるのではないだろうか。

 ご紹介した『事例に学ぶ相続事件入門 事件対応の思考と実務』は、ある程度専門知識を保有している人に向けた本である。しかし、その分、実際の訴訟を念頭に置いて細かい知識まで詳細に記載されている。加えて、掲載されている書式例も豊富だ。痒い所に手が届くこの本は、腰を据えて相続について学びたいという方にオススメの1冊である。

文=藤田ひかり