押しつけがましい絵本を拒絶していた子供時代 『もう ぬげない』ヨシタケシンスケの“伝え方” インタビュー後編

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

 ツイッターなどのSNSで大きな注目を集める絵本『もう ぬげない』。作者のヨシタケシンスケさんへのインタビュー後編は、ヨシタケさんの“ネガティブパワー”から生まれるスケッチと、そこに隠れた絵本への熱い思いについて。さらにディープな世界に突入します!

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“どうでもよすぎてみんな気づいていない”共通点を見つけると、世界がきらめいて、「もう1日生きてみよう!」と思えるんです。

――前回「絵本を作る上で大切にしているのは、クレームが来ないこと」というお話がありました。ネガティブな発想がスタート、というのが大変興味深かったのですが…。

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ヨシタケ  絵本を作っている人間が、こういうタイプだと目立つんですよね。

 僕自身も、物を作ったり発表したりする人は、自分の人生に強いテーマがあって、駅前でギターをかき鳴らして「俺を見てくれ!」っていうぐらいの主張がないとダメだと思っていました。でも、大人になるにつれて「そういうのがなくても何かを作ることはできるんだ」とだんだんわかってきて。何も言いたいことがなくても、世の中に不満がなくても、自分がおもしろいと思うものを形にすることはできるんだと。それに気づくのに時間がかかったんですけどね。

――昔から、どちらかというとネガティブ思考だったのですか?

ヨシタケ  小さいころから引っ込み思案で、友達もいなくて、自分で自分のことをぐるぐる考えるようなイヤなヤツでしたね(笑)。大人に何か言われたらこう言い訳しようとか、まずい状況になったらこんな負け惜しみを言ってやろうとか。

 こんな感じで、もともと気持ちがネガティブに陥りやすいので、放っておくとすぐにもうダメだ、こんな世の中に僕はいないほうがいい、となってしまうんです(笑)。でも、それじゃ社会生活を営めないので、世の中捨てたもんじゃないよ、その気になって探せば世の中にはおもしろいことがたくさんあるよ、と自分に言い聞かせることが必要で。そのために、街で何かを見つけると絵のスケッチをするようになったんです。

――おもしろいことを描きとめているというスケッチですか? これは、お仕事のためではなく?

ヨシタケ  今は仕事のネタ帳としても活躍していますが、もともとは自分に対してのリハビリの1つ、のような位置づけで始めました。手帳の無地のページに、街中や電車で見つけたおもしろいことやおもしろい人を描きとめる。世界の裏側まで行かなくても、こんな近所でも、おもしろいことってたくさんあるじゃないかと思えると、生きる力がわいてくるというか、少しは持ち直せるんじゃかなと思えるんです。

 会社員時代に、仕事中にさぼって描いていてもすぐに隠せるように、と小さく描いていたクセで、今でもイラストは親指の半分ぐらいのミニサイズ(笑)。でも、コツコツ描きためて、手帳の無地のページがいっぱいになるとそこだけ抜き出してファイリングして、今では59冊のストックがあります。

 これは、自分の精神衛生上、必要な行為としてやっているので、死ぬまで、半ば強迫観念的に(笑)、描き続けると思います。

――そのスケッチは、どういう瞬間に描くことが多いのでしょう?

ヨシタケ  どうでもよすぎて描いておかないと忘れちゃうだろうな、でもおもしろいな、というとき。大事なことは描かなくても覚えていますからね。

 例えば、シャワーを浴びるときに、いきなり頭にシャワーを持っていって、蛇口をひねる人っていませんよね。最初は水が出て冷たいのはわかっているから、温かくなるまで、手でチョッチョッと触りながら確認する。ある時、これをやりながら、「世界中の人が同じことをしている」と気づいたんです。シャワーが何たるかを知っていれば、年齢、性別、文化、宗教にかかわらず、みんなやってる…! そう考えると、すごくおもしろいなと世界がきらめいて見えたんです(笑)。みんながやっていることなのに、当たり前すぎて誰も気づいてない。動きに名前もついてない。こういう人間の共通点を見つけると興奮して、世の中おもしろいかもしれない、もう1日生きてみてもいいかも、と思えるんですよね。

これまで僕がぐるぐると考えたことの蓄積が、絵本になっている。「集大成がこれかよ!」って感じですが(笑)、それでいいんです。

――ちなみに、最近イラストに描きとめたおもしろかったことは?

ヨシタケ  「無視したくなる信号機」というのが近所にあって。見通しもいいし、人もそんなにいないし、車もそんなに来ないし、交番もないし。恐らく、7~8割の確率で守られていない信号機に、とても興味がわきました(笑)。自分も無視したくなるし、周りを見渡すとみんなもやっぱりそうみたいだし、なんでだろうな…と。

――描きとめたことに対して、どうしてそうなるのかという“理由”も一緒に考えるんですね?

ヨシタケ  そうですね。人が何かをするとき、感じるときには、いくつか条件があって、ある条件が重なると、みんな真似ではなくて“自分の意志として”同じことをするんです。それが、大きく言うと戦争につながったりもするんだと思うんですけど。

 ある条件が重なると当然こう考えるよね、っていうルールがあって、そういう要素を集めていくと、人の生き様とか人間の本質に結びつくんじゃないのかなと思ったりするんです。

 信号無視は割と意識的な行為ですけど、先ほどお話ししたシャワーとか、例えばイスに座っているときに両足をどこにおくか、みたいなところに、その人らしさ、その文化圏らしさが出る気がしていて。だから、イラストを描きながら、そういう要素集め、みたいなことをしているところはありますね。

――潜在的なレベルでの“あるあるネタ”集めという感じでしょうか?

ヨシタケ  みんなが気づいていない部分で共通点を探している、という意味ではそうなるのかもしれないですね。これはもう、子供のころからの考えのクセみたいなものです。

 最近は、これが絵本という形に昇華できているので、僕はとても運がいいなと思うし、ありがたい。これまでぐるぐると考えを深めてきたことの蓄積が、絵本という形になっているのだと思います。

――ヨシタケさんの作品は1日にしてならない。考えに考え抜いたからこそ、このおもしろさがあり、多くの人に「そうそう! あるある!」と唸らせるパワーがあるのですね。

ヨシタケ  そこまで考えた集大成が「これかよ!」って感じもしますが(笑)。でも、それでいいんです。大事なことを、いかにくだらなく、おもしろい言い方で伝えられるかということは、常に意識しているところで。

 僕も子供のころ、絵本が大好きでたくさん読んでいたのですが、大人のあざとさが見えるような、押しつけがましい本は、3ページぐらい読むと「うわ!こっち系だ!」ってすぐにわかって、拒絶していたんです(笑)。

 先ほどもお話ししたように、僕はネガティブな子供だったので「大人が言うみたいに夢ってなきゃいけないの?」とか「目的を持たないといけないの?」というような疑問を常に持っていて。「ポジティブに夢をあきらめないで、頑張って!」と言われて励まされる子供ももちろんいると思いますが、僕はそう言われれば言われるほど、「え~」となる子だった。僕と同じように考える子供は今の時代にもたくさんいるわけで、そういう子にどう言えば伝わるか、絵本でどう表現すればいいのか。これは、大きなテーマですね。

 何も考えずに、バカだなぁって読んで、でも、読んだあとに「そっか、自分もこんなふうに考えたら、ちょっとは人生おもしろいかも」「世の中って自分の考え方、受け取り方次第なんだな」と思ってもらえたら、それがいちばん嬉しい。そのためには、おじさんの説教みたいに、自分の経験や考えを押しつけるんじゃなくて、受け取ってくれる人の言語に翻訳して伝えるという、余裕のある人間でいたいなと思います。

 とはいえ、僕も年を取ってくると、“いいこと言いたい病”みたいなのが出てきてしまって…。そこは出てきたらちゃんと抑えてくださいね!って、編集さんや周りの方々に、くれぐれもお願いしています(笑)。

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プロフィール

ヨシタケシンスケ●イラストレーター、絵本作家。1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)で絵本デビューするやいなや、その独特の世界観が大きな人気を集める。主な絵本作品に『ぼくのニセモノをつくるには』(ブロンズ新社)、『りゆうがあります』『ふまんがあります』(ともにPHP研究所)。また、日常の1コマを切り取ったスケッチ集『しかもフタが無い』(PARCO出版)、『結局できずじまい』『せまいぞドキドキ』(講談社)、『そのうちプラン』(遊タイム出版)などの著書も。

取材・文=野々山幸(verb)