東大野球部の補欠、法政野球部のマネージャー…感涙必至の東京六大学野球小説!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

「6」と言ったら何を連想する? 結成20年のV6? それとも26年ぶりに復活して大人気の「おそ松さん」? いやいや、それらよりもっと長く、90年にわたって親しまれている「6」がある。東京六大学野球だ。早稲田、慶應、明治、法政、立教、そして東大。年に2回、神宮球場でリーグ戦を行う。長嶋茂雄、怪童と呼ばれた江川卓、来季から巨人で監督を務める高橋由伸、そしてハンカチ王子こと斎藤佑樹――みんな、六大学で神宮を沸かせてきた錚々たるスターたちだ。

早見和真『6(シックス)』(集英社)は、そんな六大学野球をモチーフにした6つの短編で構成されている。東大野球部の補欠ピッチャーを主人公にした「赤門のおちこぼれ」、法政の野球部マネージャーを描いた「若き日の誇り」、明治の就活生が奮闘する「もう俺、前へ!」、立教の女子学生が主人公の「セントポールズ・シンデレラ」、慶應野球部の息子を持つ母親の話「陸の王者は、私の王者」、そして高校時代からスター選手として騒がれた少年が早稲田に進んだ「都の西北で見上げた空は」だ。

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それぞれの大学の個性が出ていて実に楽しいのだが、こうして並べてみると、明治、立教、慶應の主人公は野球部員ではないことがわかるだろう。つまり、決して正面から野球を描いたスポーツ小説ではないのだ。明治篇は就活小説、立教篇は恋愛小説、慶應篇は家族小説。この3篇には野球そのものはほとんど出て来ない。さらに言えば、法政篇はマネージャーという視点でチームを綴る変わり種だし、早稲田篇は涙を誘う友情小説である。

それぞれ独立した短編として実にバラエティに富み、読み応えがある。誰しも仰ぎ見る東大生が、こと野球では自分のことを「おちこぼれ」と思っているなんて! マネージャーにこんな役目があるなんて! 明治の学生のコンプレックス、ミス立教の戦い、我が子に野球をやらせたくない母親――笑い、泣き、手に汗握り、読者をたっぷり酔わせる6通りの青春ドラマだ。

これら、一見ばらばらな物語が、ふたつの要素で結びつく。ひとつは、秋のリーグ戦。もうひとつは、早稲田にいるスター選手、銀縁くんこと星投手。物語はすべて、同じ「時」を描き、それがリーグ戦の各試合へと収斂されていく、その構成が読みどころ。特に、各話の最後に掲載されている新聞記事がポイントだ。各話の「結末」がこの記事にある。クスリと笑ってしまう記事、ああよかったと安心する記事、そしてしみじみ味わう記事。結末を新聞記事に委ねるという、この構成も巧みで、余韻があって素晴らしい。野球ファンだけが読むにはもったいない青春小説の佳作である。

神宮球場に行きたくなる。そこには野球だけではない、さまざまなドラマがあるのだ。野球部員の、学生の、家族の、さまざまなドラマが。『6』は、名門高校での元球児にして推理作家協会賞受賞作家が送る、6つのドラマが総当りのリーグ戦を見せてくれるような、そんな物語なのである。

文=大矢博子

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