組体操の巨大ピラミッドに警鐘を鳴らし続ける! 学校現場の「リスク」に切り込んだ話題の新書

社会

公開日:2015/12/3


『教育という病 子どもと先生を苦しめる「教育リスク」』(内田 良/光文社)

 テレビやネット等で最近、金髪に眼鏡姿で話す、異色の研究者の姿を見かけたことはありませんか。まだ若く、しかし落ち着いた口ぶりで、学校における「安全」について語る――彼の名は、内田 良。新進気鋭の教育社会学者です。2015年6月には著作『教育という病 子どもと先生を苦しめる「教育リスク」』(内田 良/光文社)を上梓。学校教育の様々な場面に潜むリスクについて分析し、学びの場の安全を向上させるための提案についてまとめた同書は、多くの人の興味関心を呼び、同年9月の時点で既に5刷が掛かっています。

 体育の授業や運動部活動での事故、強制参加の学校行事等で、子どもたちの心身が傷つくリスクについて検証し、考察をおこなっている同書。内田氏によると、こうした批判を展開すると多くの場合、「どんな行事や授業も、それを不満に思う子どもはいる」という、「つきもの論」からの反対意見が寄せられるのだそうです。しかし内田氏は、こうした「つきもの論」は「思考停止状態に陥っている」と指摘。子どもたちや先生の不満や怪我がどのように発生したのか、それを防ぐ手立てはなかったのかなどといった、一切の問いを捨て去ってしまうものであると抗議しています。そして、学校生活における様々なリスクを減らすための態度として、「エビデンス・ベースド・アプローチ」、つまり、科学的根拠によって現象を解明するという方法を提案しています。

 教育社会学に興味のある方にとっては、入門書としても最適な一冊ですが、そうでない方にとっても同書は、ひとつの読み物として楽しめることでしょう。ひとりの研究者がある事実に触れて感じた衝撃や、そこからの関心の変化、そして、検証の結果辿り着いた、新たな事実――。同書に綴られたエピソードの数々は、まるでドキュメンタリー作品のような読み応えです。

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 例えば、巨大化する組体操の危険性について検証した第1章について。著者の内田氏といえば、今や時の人。教育社会学者、そして「学校安全」の専門家として、テレビ番組やインターネット番組に数多く出演されています。

 彼を一躍有名にしたのは、2014年5月に公開された、巨大な組体操の危険性に警鐘を鳴らすレポートでした。「【緊急提言】組体操は、やめたほうがよい。子どものためにも、そして先生のためにも。」と題されたこの報告は、ヤフーニュースのトップページにも掲載され、同書によれば、ページビュー数は合計で171万件にも上ったといいます。

 しかし、同氏も数年前までは、このテーマへの問題意識はそれほど大きくなかったと言うのです。自身の組体操の経験としては、2人1組でおこなう「さぼてん」程度だったという内田氏。それもあってか、組体操という種目の危険性は「想像できない状況であった」と語っています。

 そんな彼を動かしたのは、ある中学校の体育祭で披露された、組体操の映像でした。Twitter上で教育関係者から、「9段ピラミッド」「10段ピラミッド」と呼ばれる組体操があるとの情報を得て、ユーチューブでその実像を確認した時のことです。

「想像をはるかに超える巨大な人間ピラミッド。『これは危ない!』と直感した」

 折しも、運動会シーズン真っ只中の5月中旬。練習や本番での重大事故の可能性を心配し、前述の文章を書きあげたようです。それまで特段、大きなリスクとして認識していなかった組体操。しかしこの瞬間、巨大な人間ピラミッドやタワーは、彼の研究トピックへと変貌したのです。

 同書で取り上げられているテーマ以外であっても、授業や部活動で理不尽な経験をされたことのある方は、少なくないことでしょう。炎天下での無茶な練習や、嫌々出席させられたイベント…苦い思い出として記憶された場面に、社会学的な見地からメスを入れる同書は、多くの「元・子ども」たちを、ある意味で癒してくれる存在となるかもしれません。

文=神田はるよ