描いたのは誰? 登場する動物たちにも意味はある? 謎多き国宝、鳥獣戯画の楽しみ方

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『鳥獣戯画の謎』(上野憲示/宝島社)

鳥獣戯画とは、正式名を「鳥獣人物戯画」といい、平安・鎌倉時代の漫画として著名な国宝絵巻です。これは全部で4巻あり、兎・猿・蛙などが森の中で戯れる甲巻、馬・牛・猪などを写生的に描いた乙巻、その影響の元でのちに描き継がれたと見られる人物・獣物絵の丙巻、略画風人物絵の丁巻から成っています。そんな鳥獣戯画は、日本美術の中でも最もミステリアスだと言われるほど、謎の多い国宝です。

前述したように、これは甲乙丙丁の4巻から成っており、甲巻には人間は登場せず、また描かれている動物たちも擬人化はされておりません。乙巻は、動物図鑑として見る向きが強く、つまりストーリー性は見られず、描かれている動物の絵の多様性が注目されているという事です。ちなみに、馬・牛などの実在動物だけでなく、麒麟などといった空想上の動物も乙巻には描かれています。そして丙巻に至って、ようやく人間が登場します。この丙巻が無ければ「鳥獣人物戯画」という正式名は付けられなかったでしょう。最後の丁巻ですが、これは鎌倉時代に描かれたとされており、筆致も前3巻とは異なっていて即興的な印象を抱かせます。また、全4巻のうち最も保存状態がよいものでもあります。

さて、鳥獣戯画と聞いて、あの独特なタッチの兎や蛙を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。その兎と蛙が動き回る舞台こそが『鳥獣戯画の謎』(上野憲示/宝島社)で扱われている甲巻です。今回は、この甲巻から、鳥獣戯画の謎と鑑賞のポイントを紹介します。

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鳥獣戯画の謎の中で、まず挙げたいのは作者が誰か、ということです。この国宝絵巻は、作者からしてよく解っていないのが現状なのです。作者と思わしき人物として、鳥羽僧正覚猷(1053~1140)が江戸の頃より名指しで挙がっていますが、この鳥羽僧正がどういう人物だったのかという事は依然として謎のままです。その為、他にも宮廷絵師説・絵仏師説・複数の制作者説など諸説があり、鳥獣戯画の作者に関しては未だ論議が続けられています。

ただ、寺院(京都の高山寺)に所蔵されていた事から、作者は絵仏師だとする説が有力視されているようです。が、甲・乙巻と丙巻、丁巻の作者が違うということは(成立の年代から見て)明らかである上に、甲巻に至っても(前半と後半で微妙に作風が異なるため)、これは元々前後編の2巻本だったのだということが現在では明らかにされています。このことから、そもそも作者は複数いたのではないか、つまり先述の複数の制作者説もまた注目を集めています。

鳥獣戯画の謎は、描かれている動物たちそのものにもあります。例えば、その寸法です。鳥獣戯画の有名なシーンに、兎と蛙が相撲をとっているものがありますが、考えてみるまでもなく現実の兎と蛙の体格差では相撲などできようはずもありません。そもそも、どちらも二足歩行ができる動物ではないのです。ところが、鳥獣戯画の中では兎と蛙はほぼ同じくらいの体格で描かれ、また人間のような二足歩行で絵の中を動き回ります。ここまで現実の姿から改変したならば、いっそビジュアルも擬人化してしまった方がよいような気もしますが、甲巻の動物たちはあくまで動物としての姿で登場しています。これは、当時の人びとの動物観を表しているのだという解釈があります。つまり、当時の人びとは「動物は動物であり、決して人の姿にはならない(なれない)が、人と同等か、もしくはそれ以上に振る舞えるだけの知性(魂が)あるのだ」と考えていたのではないか、という解釈です(かなり簡単に纏めてしまいましたので、文意が若干ズレてしまったかもしれませんが……)。登場キャラクターとしての動物たちは、どうやらその存在自体が現代の私達にとても高度な謎かけを与えているようです。

最後に、鳥獣戯画を楽しく鑑賞するためのポイントを1つ紹介しましょう。キーワードは「セリフ」です。鳥獣戯画は、日本最古の漫画ともいわれています。漫画であるからには、キャラクターの吹き出しは必須と言ってもよいものですが、残念ながら鳥獣戯画に出てくる者達に吹き出しは付けられておりません。しかしそれ故に、その「吹き出しが無い」という事実を逆手に取って、見ている私達で勝手にセリフを考えてしまうことも可能なのです。動物たちが動き回っている甲巻などは、特にこの手法がとてもマッチしているのではないでしょうか。例えば、兎が蛙を追いかけている絵があります。さて、追う兎と追われる蛙は何を言いながら走っているのでしょう? それを考えてみた時、鳥獣戯画は単なる絵画から、まさに漫画の如き娯楽へと変貌を遂げるかもしれませんよ。

文=柚兎