一杯のコーヒーからやすらぎと感動を与える ――老舗コーヒー店ドトールの知られざる挑戦

ビジネス

公開日:2015/12/7


『なぜ気づいたらドトールを選んでしまうのか?』(上阪 徹/あさ出版)

 日本のコーヒー業界は、コンビニエンスストアやファストフード店でのコーヒー提供や、サードウェーブ系カフェの進出によって販売競争が激化している。そんな市場でも毎年二ケタ成長を成し遂げているコーヒーチェーン店がある。国内最大手のコーヒーチェーン店ドトールコーヒーだ。

 『なぜ気づいたらドトールを選んでしまうのか?』(上阪 徹/あさ出版)によれば、ドトールの店では、近隣にライバル店が登場すると一旦は客が流れることもあるが、しばらくすると以前のように戻ってくるのだという。どうして客はドトールに引き寄せられるのか。本書から、その理由を読み解いてみよう。

 コーヒーの美味しさは、「コーヒー豆」「焙煎」「抽出」の3つの要素で決まる。ドトールでは独自の価値観によってそれらを改善し、それまでのコーヒー業界の常識では考えられなかった日本初、世界初のシステムをいくつも構築している。

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 まずはコーヒー豆。ドトールで使われるコーヒー豆は、世界21カ国の産地から買い付けている。一口に産地といっても山地か平地かでも味にバラつきがある。そこでドトールは、自分たちが求める味の豆を「ドトールタイプ」と命名し、その豆だけを買うことにした。現地の商社やバイヤーを通さず、高品質の豆は畑まで出向いて生産者と直接交渉している。船の輸送でも、温度変化の小さい船底を指定して運んでいる。それ以前は赤道を通る際の暑さで豆が変質してしまうことも多かった。港に到着したらすぐに定温倉庫で保管する。ワインであればともかくコーヒー豆にそこまでの配慮を払う会社はドトールが初めてだった。

 次なる工程が焙煎。世界各国のコーヒーメーカーでは豆に熱風をあてて煎る「熱風焙煎」が主流だ。しかしドトールは昔ながらの「直火焙煎」に挑んだ。直火で煎ると味は良いが調整が難しく、時間も手間もかかり大量生産には向かない。直火焙煎の焙煎機の製造を世界的シェアのドイツの焙煎機メーカーに交渉したが開発困難で断られた。だがドトールは諦めず、日本のメーカーと協力して4年間をかけて自社開発に成功する。また豆のブレンドでは、豆を1種類ずつ焙煎してからブレンドする「アフターミックス」が業界の常識だが、ドトールでは数種類の豆をブレンドしてから一緒に焙煎する「プレミックス」を採用した。その方が豆の味が馴染みやすいからだ。大きさ、水分量もバラバラの豆を均一に焙煎するのは至難の業だ。それをドトールの焙煎師たちは長年の技術と経験でやっている。

 そして最後の抽出まで手を抜かない。日本人は、微粉末や油分で濁らないすっきりとした味のコーヒーを好むという。従来のコーヒーマシンは金属製のフィルターで、雑味が残ってしまっていた。そこで理想の味を濾せるフィルターを求めて数千種類の紙をテストした末に、超極薄で浸透性があり強度の高い日本の和紙にたどり着いた。そして粒度、粉量、湯温、蒸らし、抽出時間などの抽出条件を細かく変えた数百種類の組み合わせを試し、ついに最高の抽出方法を見つけ出した。お湯を注ぐだけの作業にとんでもない試行錯誤の努力を重ねていた。

 カップにもこだわっている。1980年に東京・原宿に開店したドトール1号店では、一客2300円のカップと1700円のスプーンという高級品を使用していた。現在ではオリジナルのカップとソーサーを使っている。カップは唇に触れる縁はなめらかに、液だれをしにくい曲線になっている。取っ手も人差し指、中指、親指の3本で持ちやすい形状にした。表面には洗浄したときに女性の口紅が落としやすい釉薬が塗られている。ソーサーはカップを持ち上げたときにスプーンが滑り落ちないようになっている。気づかないところで客にストレスを与えない多くの工夫を凝らしている。

 コーヒーと並ぶドトールの柱がフードメニューだ。定番のジャーマンドックは、噛んだときのカリッ!プチッ!という食感を出すために天然羊腸を使っている。一般的なソーセージで使われる人工羊腸とは歯応えが違う。そして専門の職人によって、肉、塩、スパイスのみで仕上げられている。パンはドイツのハード系バゲット。開発時の1980年頃は、どこのパン工場でもソフトなパンしか作っていなかったため、またしてもパンの種や小麦粉、焼く機械まですべて自社開発した。あまりにコストを考えず開発したため、かつては原価率が7割にもなっていた。ジャーマンドックだけでなく、ミラノサンドや季節ごとの新メニューも同じくらいこだわっているという。

 「一杯のおいしいコーヒーを通じて、お客様にやすらぎと活力を提供する」これがドトールの企業理念だ。社員全員が、どうすればお客様に驚きや感動を与えられるかを常に考えている。そのためドトールの店舗では作り置きはしていない。コーヒーは一杯ずつドリップし、フードも注文を受けてから店員がすべて手をかけて作っている。だからドトールに通う常連客は、毎日同じコーヒーに魅せられる。

 誰が見てもドトールのやり方は非効率だと思うだろう。しかしその経営方針が国内最大手のコーヒーチェーンを作り上げたことは確かだ。

 なにかと効率や結果を求められる時代だが、非効率でも捨ててはいけないものがある。ドトールの1杯のコーヒーからその何かが学べるかもしれない。

文=愛咲優詩