スマホは漫画の何を変え、何を変えないのか?–comico公式本から垣間見る未来

マンガ

公開日:2015/12/10


『デジタル漫画のテクニック-comicoスタイルを学ぼう-』(comico編集部/エムディエヌコーポレーション)

 いま漫画に大きな変化が押し寄せている。言うまでもなく、スマホで読む漫画の台頭がそれだ。毎日作品が更新され、フルカラー・縦スクロールで読む漫画、しかも無料で全ての作品を読むことができる――そんなスマホコミックの登場によって、従来の紙の雑誌と単行本で成り立つ漫画の姿が一変するかも知れない。その急先鋒にいるのが今年6月にはダウンロード数が1000万を突破したcomicoであることも間違い無いだろう。

 そのcomicoからはじめての公式本『デジタル漫画のテクニック-comicoスタイルを学ぼう-』が登場した。comicoには『バクマン。』などで描かれているような「持ち込み」も「新人賞」もない。誰でも自由にパソコン版のcomicoに作品を投稿し、発表することができる。そこで人気を集めれば、スマホアプリでも作品が公開される「公式作家」に選ばれ、原稿料が支払われるようになるのだ。漫画の描き方も、デビューの仕方も従来とは大きくcomicoの概要がこの1冊で把握できるようになっている。

 縦スクロールで読まれることが前提となるcomico。コマ割りやフキダシの配置もこれまでの「漫画の描き方」とは大きく異なる。comico形式の漫画の出力機能を備えたCLIP STUDIO PAINTというソフトや、彩色に用いるPhotoshopの使い方も本書では丁寧に解説している。

advertisement

 先日発売となったiPad Proはその巨大な画面サイズ(12.9型)が「B5サイズ漫画をそのまま表示できる」という点でも注目を集めた。裏を返せば、大型化が進んでいるとはいえ、5インチ前後の画面サイズしかないスマホは、その限られたスペースの中でいかに読者を惹き付けることができるか、が勝負となってくる。


 その限られた画面サイズを補い、これまでの漫画にはない演出を可能にしたのが、縦スクロール操作だ。本書では、コマ割りの工夫やフキダシの配置について、実際のcomico連作品を例に取りながら、丁寧に解説を加えている。

 こういったテクニックは、従来の漫画の世界では漫画作家と編集者がやり取りしながら作品に反映していくものだった。だが、comicoにはいわゆる「編集者」がいない。原則として1人のクリエイターが、独力で作品の発表まで行うスマホコミックを描く上では、こういった解説が役に立つ場面も多いはずだ。

 この本がユニークなのは、このようなスマホコミックならではのノウハウはもちろんのこと、従来の漫画の描き方の基本もおさらいしてあることだ。Pixivのようなイラスト投稿サイトでの活動から、スマホコミックへと進むクリエイターも増える中、「絵は描けるけれど、連載形式で読み続けてもらう作品を描いたことがない」といったケースも多い。本書では例えば、「キャラクターや世界設定を作りこむ」「エピソードを積み重ねてストーリーを紡いでいく」といった従来から変わらない漫画のお作法についてもかなりのボリュームを割いて解説が加えられているのも、現状をよく反映していると言えるだろう。その上で、「ももくり」のくろせ先生など、実際にcomicoで活躍する作家のテクニックを紹介し、30名以上の作家へインタビューを行っているのも興味深い。


 そもそも漫画は変化を続けてきたコンテンツだ。「のらくろ」のような平面的でシンプルなコマ割りの世界から、手塚治虫が映画の手法も取り入れながら躍動感のある作風を生みだし、大友克洋が細部まで描き込まれた現在の漫画のスタイルを編み出すなど、そのスタイルは常に移り変わってきた。本書がタイトルに掲げるような「comicoスタイル」も、漫画の進化の歴史に刻まれるものになるはずだ。

文=まつもとあつし