「小説」が愛おしくなる『本をめぐる物語 小説よ、永遠に』 副題に込められた意味とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

『ダ・ヴィンチ』に連載していた「本をめぐる短編」から誕生したアンソロジーの第3弾。「小説よ、永遠に」という祈りのような副題をつけたのにはわけがある。

毎月、本や作家、書店等をテーマにいろいろな作家の方にご寄稿をお願いしていたが、15年8月号掲載の藤谷治さんの「新刊小説の滅亡」は、極めてショッキングな内容だった。藤谷さんから原稿が送られてきたときに、「恐らくですが、期待なさっていたのは、このような小説ではないと思います。それでも、本を巡る物語となると、これが頭にこびりついて離れませんでした。とにかく読んでみてください。没もありうると覚悟しています。だけど、よろしくお願いします」とメールに書かれていた。

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この藤谷さんが本作を書いた経緯については、
「新刊小説は滅亡について考えた方がいい」(マガジン航)を参照ください

各出版社が文芸誌を廃刊し、新刊小説の刊行を一切やめるというストーリー。本作を読んだ時、危機感と同時に小説に対する深い愛を感じて、そうした作品を集めてアンソロジーができないかと思ったのだ。

「真夜中の図書館」神永学

●このところ、うちの中学は図書館に幽霊が出るという噂で持ちきりだ。そして、真夜中の図書館で、ぼくは彼女に出会った。ぼくに微笑みかけたその顔は、とても愛らしかった。クラスの中に誰一人として話し相手のいなかった僕にとって、その少女からさまざまな本の話を聞くことだけが楽しみだった。「……空想の中でしか、私は生きられないから……」。その深い哀しみを知った僕は彼女に恋をしてしまったのだろう。そんな僕の前に現れたのが、死人のような顔色をした赤い目の男子生徒だった――。中学時代の八雲にまつわるエピソードを綴った『心霊探偵八雲』のスピンオフ作品。

「青と赤の物語」加藤千恵

●その国では物語の一切が禁止されていました。小説、漫画、ドラマ、映画、アニメ、ゲーム――そうしたものは、子どもに悪い影響を及ぼすものとして、国のえらい人たちが禁止する法律を作ってしまったのです。この状況は何年も続き、いつしか物語そのものを知らない子どもたちが生まれ、「青」と「赤」もそのようにして育っていきました。物語のない図書館で出会った二人。あるとき物語というものの存在を知って、それがどうしても読みたくなった彼らは――。物語こそが人を人たらしめていることをリリカルに描いたファンタジー。

「壊れた妹のためのトリック」島本理生

●あの夏の日、薫君は私を外階段から庭に突き落とした。まっさかさまに落ちていった私は額を地面に強く打ち付けた。ゆっくりと遠ざかる意識、母の悲鳴。妹への「本当にごめんね」という謝罪はあったものの行為の説明は一切なく――。それから、15年の時が経ち、二人きりで暮らしている兄と私。兄は推理小説を書き、私は得意の料理をする。変わらない日常は、叔母から私に持ち込まれたお見合いで、ちょっとした化学変化を起こした。――“実はこれは昔、鏡家サーガを読んで「私も兄妹書きたい!」と思いついた短編です。登場人物等は全然違うのでオマージュではなくインスパイア系?”(著者・島本理生さんのツイッターより)

「ゴールデンアスク」椰月美智子

●気楽な総合学習の授業「職業人に学ぶ」の講演。「市内在住の小説家、西園寺さゆり先生をお呼びしています」。銀縁メガネ三つ編み女子の小川さんは大ファンらしく、すごく興奮していたけれど、いわゆる普通の小さくて丸いおばさんの登場に落胆したおれはまったく興味を持てず熟睡してしまった。そんな僕が西園寺先生と再会したのは叔父さんがやってる居酒屋だった。「常連の山田さん」と紹介されたその人はコスプレのような奇妙な格好。声をかけたおれをひとにらみし「講演なんて冗談じゃないから、ずっと断ってきたっていうのに……それであのザマ。ふざけんなってのよ」と超早口でまくし立て「うるせえよ、クソガキ」。――この人って一体、何??? 物語世界を自由に生きる小説家との出会いによって、本の魅力に気づく中学男子を描いたコミカルで温かい一編。

「ワールズエンド×ブックエンド」海猫沢めろん

●代わり映えのしない夏の暑さと苦行のような高校生活。うんざりする日々が続いたある日の放課後、意外としか思えない人物が私に声をかけてきた。作家を祖父に持つ蒼井綾人。文芸部の副部長である奴は、私がひそかにBBSで小説を書いていることを知っていた。弱みを握られた私が、なかば強引に家に連れてこられて読まされたある小説。それは彼の祖父が開発した小説自動執筆プログラムが書いた作品だった。「物語AI(人工知能)」におもしろい小説を書かせようと奮闘する高校生の青春模様。苦さと切なさがにじむ、本アンソロジー中最長の作品。

「ナオコ写本」佐藤友哉

●昨日死んだはずの彼女が、翌朝何食わぬ顔で登校して、僕に挨拶してくる。彼女は、奈緒子は死んだはずなのに。首吊りで。自殺だった。死体を埋めたのは、第一発見者の僕なのだ。まさか、あれは夢? 教室中に挨拶をふりまいては、奈緒子が絶対に話さないような連中と、奈緒子が絶対に話さないようなトークをくり広げている。はたして、彼女は本当に奈緒子なのか――。見た目は同じなのに、人格が異なるナオコの出現。ナオコは奈緒子の記憶を受け継いでいるというものの、それは「穴ぼこだらけ」だという。本の貸し(僕)借り(奈緒子)の関係でつながっていた僕らだったが、ナオコは「はー? 覚えてませんけど」。奈緒子の死の真相、深い喪失と混乱の果てに僕が辿り着く境地とは――。

「あかがね色の本」千早茜

●本当のことを言葉にするのは、人生でいったい何回くらいなのだろう。児童文学作家の「私」が物語を書くようになったのは、中学時代の男友達と大切な約束をしたことがきっかけだった。――物語を作っている時、私は嘘を書いたことはない。湖の底の王国も、雪の結晶をせっせと組みたてる小人たちも、炎と踊る龍の末裔の少女も、すべては確かに私の中に存在しているのだ。――人にとっての真実とは一体何か。思春期の想い出がせつなく綴られる淡いラブストーリー。

「新刊小説の滅亡」藤谷治

●馴染みの編集者からいきなり会いたいとメールが来た。原稿依頼を期待して出向いたところ、なんと文芸誌を廃刊するという報告だった。しかも、それはその出版社に限ったことではなく、小説においては、あろうことか一切の新刊を出すことをやめるというのだ。――出版界が苦しむ現状の構造をリアルにえぐってみせた作品。一見「ありえない!」と思える新刊小説刊行停止だが、その数多のメリットを冷静に考えるとないこともないと思えてくるほど、説得力があるところがまた恐ろしい。小説が好きな人にこそ読んでもらいたい。読者としての覚悟を問う問題作!

「小説って、いったい私たちに何をもたらしているのだろう」――読後、そんなことを考えてもらえたら、嬉しいです。(編集担当)