激臭を放つ路上生活者、徹底的にクサい「クサイさん」の幸せにならない人生

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『大好き! クサイさん』(デイヴィッド・ウォリアムズ/評論社)

世界で一番の悪臭と言われるシュールストレミング(塩漬けのニシンの缶詰)は、あまりの臭さに缶を開けた瞬間、失神する人もいるらしい。エイを発酵させた韓国の食べ物「ホンオフェ」やラフレシアの花なども悪臭を放つが、それをはるかにしのぐであろう、「いまだかつて存在した生物のうちでも、一番、てっていてきにくさい」のが児童書『大好き! クサイさん』(デイヴィッド・ウォリアムズ/評論社)に登場する、その名も「クサイさん」だ。

クサイさんは、本名ではない。しかし町の人達は皆、彼のことをそう呼んでいる。ちなみにサダム・フセインの息子の名前はウダイとクサイだったけど、彼の場合は原題では「Mr.Stink」。Stink=臭い=クサイと、そのまんまの日本語訳が名前になっている。

猛臭の上をいく、激臭を放つクサイさんは路上生活者のおじさん。公爵夫人という名のイヌと一緒に、ふらりと町に現れた。クサイさんよりにおいのひどいものはこの世に存在しないが、食べかすだらけで決して洗われないあごひげは、本体よりもひどい独特のくささを放っているそうだ。もうここまで読んだだけで、ウェッと思うかもしれない。しかしこの町の人達はなぜか皆、クサイさんを排除せずに優しくしている。とはいえあまりに刺激が強すぎるのか、誰も彼と話まではしようとしない。12歳の少女・クロエ以外は。

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クロエは高級な私立学校に通っているものの、友達がいない。それどころか学校では、いじめのターゲットにされている。だから「さびしい気持ち」を、誰よりも知っていた。……と書くと寂しい少女とホームレスの交流を描いた、感動的な物語に思えるかもしれない。確かにそんな要素はなくはないものの、話はそう単純ではない。というのもクサイさんは、結構リクエストが多いのだ。

たとえばはじめのうちは「なにかいるものはありますか?」と聞くクロエに、「おいしいこってりしたソーセージにあこがれる」と控えめに言っていたものの、いつしか「ソーセージにポーチドエッグ、ベーコン、マッシュルーム、グリルしたトマト、バタ(バター)つきパン、それにブラウンソースを添えたもの」を要求するまでになる。しかし不思議と、読んでいてイラッとくることはない。というのも彼は、「30歳以下は午後8時以降外出禁止」「公共の場でのレギンス着用禁止」「公園でのサッカーは、架空のボールを使用すること」「ゲームは1日1分間」などの、意味不明の公約を掲げて下院議員を目指すクロエの母親の、嘘と虚飾を見事に暴くからだ。

さらには首相にまで悪態をつくものの、結果的には物事をまるくおさめる力も持っている。クサくて要求多めだけど、人の本心を照らす鏡にもなっている。まさに彼はこの物語における、トリックスター(物語を引っかき回すいたずらもの)なのだ。

児童文学だけにクライマックスは心温まる展開になるけれど、クサイさんだけは安らがない魂をずっと抱え、さまよい続ける。誰かを幸せにしても、自分は幸せにはならない。なぜなら彼にはあるトラウマがあり、永遠に自分を罰しながら生きていくことを選ぶのだ。

その姿を見て読んでいる人の多くが、「どうして幸せをつかまないのか」と、疑問に思うことだろう。翻訳者の久山太市さんもあとがきで、「クサイさんの選んだ幸せは、私が考える『幸せ』と違うと感じたから、つらくなった」と書いている。しかし彼にとってはトラウマを抱え、激臭を放ちながら生きていくことが、自分が存在する唯一の理由になっているのかもしれない。

路上生活はしていないにせよ、そんな人ってあなたの周りにもいないだろうか? 「どうしてあの人はトラウマを手放せないのか」「なぜ自分から苦労する道を選ぶのか」と疑問を感じて、アドバイスをしても決して変わることがない。まるで「そうしているのが自分の人生なのだ」と言わんばかりに、どんな言葉にも揺らぐことはない。

結局、何を選びながら生きていくかは本人が決めることでしかない。だからこういう人を変えようなんて、思わない方がいい。久山さんも「『彼なりの幸せが存在する』と考えることで、つらい気持ちから自由になれた」と書いているが、そもそも幸せに生きることだけが、人生のあるべき形だとも言い切れない。

……と書くとなんだかカタい話みたいだけど、作者のデイヴィッド・ウォリアムズの本業は、イギリスで大人気のコメディアン。そのせいか日本でもおなじみのあんな店やこんなキャラクターが登場し、笑いの要素があちこちにちりばめられている。

「笑えるだけの話じゃ物足りないけれど、堅苦しいのも読みたくない」。そんな気分を埋めてくれるに違いない、全然クサくないストーリーが楽しめる一冊だ。

文=久保樹りん