巨大鯨に魅せられた少年―― 幾多の困難を越え、「権左」を追いつめることはできるのか!?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『沖の権左』(志坂 圭/ディスカバー・トゥエンティ―ワン)

「江戸時代の捕鯨の物語」と聞いて、ピンとくる人は少ないかもしれない。 だが、あまり馴染みのない「江戸時代の捕鯨の話」を身近に感じさせ、とびきり面白いエンターテインメント小説に仕立てあげられた作品がある。『沖の権左』(志坂 圭/ディスカバー・トゥエンティ―ワン)は、第一回本のサナギ賞大賞作家、志坂 圭が織りなす、満を持しての歴史小説第二弾だ。

舞台は18世紀の安房勝山(千葉県房総半島)。鯨漁を生業とする偉大な父親、重吉の元に生まれた少年、吾一。勉強が苦手で、寺子屋にも通わない子供だが、我が道を行く、芯が強い少年だ。父親と同じ鯨漁師になるため、日々を過ごしていたが、ある日父親が掟を破り、手出しをしてはいけないと言われていたマッコウクジラ「権左」との闘いに挑み、命を落とす。

亡くなった父親の責任を取るため、吾一一家は「村八分」となる。吾一は鯨漁師になることもできなくなり、生きていくために江戸で石屋に弟子入りすることに。月日が経ち、少年から青年へと成長し、石屋としての腕も磨き、岡場所で出会った女性との愛も知った吾一だったが、「権左」への「激情」が忘れられない。吾一は絶対に、「権左」との闘いから逃げたくなかったのだ。

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その後、吾一は幕府から禁じられているある手法を用い、権左を仕留められないかと一計を講じる。そのためには、多額の金銭と、多くの知識、協力者が必要となる。また、権左との闘いのために「ご法度の手段」を用いるにあたり、幕府からは「巨鯨を取らねば斬首」とまで言い渡されてしまう。

権左を取るためには、あらゆる関門をクリアしなければならない。さまざまな苦難が降りかかるのを、吾一はどのように乗り越えていくのか? 権左を仕留めることができるのか? 父親の死に隠されたある秘密とは? 権左との闘いの先にある、吾一が本当に得たかったものとは――?

とにかく、次から次へと難問が襲いかかり、吾一がその「心の強さ」から乗り越えていく様が痛快な小説だった。

父親の死、権左との因縁が生まれ、生まれ育った村を去る少年時代は、読み物として面白い。「江戸時代の捕鯨の話」を身近に感じるほど、感情移入ができる。そして、江戸で暮らす中で、権左を討つために「妙案」を画策する青年時代。これは、読んでいてテレビゲームを彷彿とさせた。「妙案」のために必要な素材、金銭、人の手を、一つ一つ手に入れていく。それは店で買えるような代物ではないのだ。簡単には手に入れられない物、人を、吾一は自身の強さと、人の縁を頼りに集めていく。

その様が、RPGゲームをしているような、「ワクワクする」興奮と、着実に手に入れていく吾一に、達成感のようなものすら感じられた。

そして終盤、遂に権左(因縁のラスボス!)との対決。そして吾一が本当に追い求めていたものとは。この終盤での、内容の濃さは、「さすが!」と思わせられた。テレビゲームのような爽快さを感じさせられたが、ここで一気に濃厚な小説に戻る。この読みやすさと、テンポの良さ、そして読み物としての深さが、本書の魅力の一つだ。

魅力といえば、志坂 圭の作品には常に惹きつけられるキャラクターが登場する。人当たりが良いが、ずる賢い和助。元々は裕福な商家の娘であった、しとやかで美しい遊女、シノ。中でも、一番の魅力的なキャラクターは、もちろん主人公の吾一だ。

「最初からあれやこれやと気を回してちゃなにもできん。進んでぶち当たったとき、そこで考えるしかなかろう。人生なぞなにがあるか分からんのじゃから」

その無鉄砲ともとれる底知れない強さが、彼の一番の魅力であり、本書の読みどころである。彼の強さを、見習いたい。

文=雨野裾