「あんな女死ねばいいのに」 知られざるレディコミの名作『金瓶梅』の魅力!!

マンガ

更新日:2016/1/8


『まんがグリム童話 金瓶梅』(竹崎真実/ぶんか社)

 累計80万部、隠れたレディースコミックの名作、『まんがグリム童話 金瓶梅』(竹崎真実/ぶんか社)の魅力は一体どこにあるのだろうか? 刊行30巻達成を記念して、その魅力を考えてみたいと思う。

 そもそも、『金瓶梅』とは、中国の明の時代に書かれた長編小説だ。

 薬や道具、同性愛や過激な描写などが多く、乱れた倫理観を指摘され、何度も「禁書」処分になった古典である。それをレディースコミック向けに解釈し直したのが、本書だ。

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 レディースコミックと言えば、男女の性描写があり、不倫や嫁姑問題などを題材にした過激な作品が多いと思われている人もいるのではないだろうか。

 その通り、『まんがグリム童話 金瓶梅』も男女問わず、男同士、女同士の性描写あり、残虐な表現あり、あらゆるフェティシズムを網羅していると言っても過言ではないほど、様々な「大人な」描写が多く見受けられる。

 しかし、本書がここまで人気を博したのは、それだけではない物語としての面白さがあるからだ。

 主人公の潘金蓮(はんきんれん)は蒸し餅屋の醜い夫との結婚生活に嫌気がさしていた折、薬店を営む裕福な色男、西門慶(せいもんけい)と恋に落ちる。西門と添い遂げたい金蓮は、醜い夫を毒殺し、西門家に輿入れする。

 だが、西門には既に4人の美しい妻がいた(金蓮の後にもう一人妻が迎え入れられるので、最終的に6人の妻となる)。

 5番目の妻として迎え入れられた金蓮は、西門の寵愛をめぐり、謀略を駆使し一番の寵愛を得ようと画策する。

 この5番目の妻、潘金蓮。

 彼女がまた清々しいほどの悪女なのだ。「二番目の夫は自分で選ぶ」と前夫を毒殺し、西門の寵愛を得るためなら、殺しも暴力も辞さない。けれど、彼女はただの「悪」ではなく、信念のある悪女なのだ。

 金や権力をかさに、女性を物のように扱う男性が大嫌い。弱い者には情けをかける。汚いことをする時は、自分の手を汚す。癇が強く、一見わがままな金蓮だが、実際は「旦那様に自分だけを愛してほしい」という一途な想いが彼女を突き動かしている。悪女なのに、その乙女のような一途さが、金蓮の魅力の一つだろう。

 さらに言えば、「機嫌が悪いようね」と問いかけられ、「えぇ、とっても悪いわ」と返したり、不義の末に出来た他人の子供を、西門の子供と偽り、西門の寵愛を受けようとした第6夫人の李瓶児(りへいじ)を相手に「あんな女死ねばいいのに」と言いのけたりするところが、日頃言いたいことを我慢して、悶々としている世の女性の心を掴んでいるのかもしれない。

 また、面白い物語の常道として、「悪役」が大切なポイントだと思う。この物語の登場人物は大体「悪」なのだが、本書の一番の悪役は第6夫人の李瓶児だろう。彼女は虫も殺せないような、か弱く可愛い女性。だが、実際は「女性に嫌われるタイプの女性」なのだ。

 自分の手は一切汚さず、その可憐な見た目から近寄って来た男たちを利用し、ライバルの金蓮を陥れようとする。その上、性的にだらしなく、西門以外の男性とも言い寄られれば通じてしまう。「おかわいそうな人」が口癖で、身分の低い人たちを見下す姿は、弱い者を助ける金蓮とは正反対である。

 本書は基本的に短編連作だが、「李瓶児の偽子供事件(前述)」編、「毒婦・林夫人」編など、何巻にもまたがり描かれるストーリーもある。どの話もハラハラドキドキさせられ、強大な悪に、悪女の金蓮がどのように立ち向かっていくかというのが見どころである。とにかく続きが気になるのだ。

 さて、6人もの妻を持ち、彼女たちを嫉妬の嵐に追い込んでいるプレイボーイ、旦那様こと西門慶。彼はこの物語の中では、重要なポジションでありながら、あまり目立っていないように思う。

 それと言うのも、彼の「悪さ加減」は他の登場人物に比べると、見劣りしてしまうからだ。彼もそれなりに「悪」なのだが、金蓮、瓶児に比べれば可愛いもの。

 さらには正妻としてのプライドを保つためには殺人も辞さない(人を喰う豚を飼っている)、常識人に見えて、最も怖い女の呉月娘(ごげつじょう)や、公に出来ない裏稼業を担当する、西門が信頼する召使、陳経済(ちんけいざい)など、強かで策略家なキャラクターたちが「旦那様命」で周囲を固めているため、西門は知らず知らずの内に、周りに助けられている「おぼっちゃん」という印象を受けなくもない。だが、その世間知らずで気分屋なところが、また可愛いのだ。

 一方で、薬店の経営を任されている陳経済は「デキる男」。女たらしでありながら、金蓮が本当に困った時はいつでも助けてくれる、とても頼り甲斐のある男性だ。実は、経済と金蓮の微妙な関係も物語のポイントかもしれない。金蓮は西門を一番に愛しているし、経済も西門を主人として大切にしている。だが、二人は心のどこかでは惹かれ合っているのではないか? と思わせる描写が散見する。今後、金蓮、西門、経済の三角関係も物語に深く関わっていくのだろうか?

 ますます今後が見逃せない『まんがグリム童話 金瓶梅』。「レディコミには興味ない」という方も、思わずハマってしまうかもしれない。

文=雨野裾