「雄弁な漫画」風刺画から学ぶ日本近代史

社会

更新日:2015/12/22


『風刺漫画で日本近代史がわかる本』(湯本豪一/草思社)

 日本近代史と言えば、「難しい」「よく分からない」という人が多いかもしれない。だが、この近代史を当時の「風刺画」、つまり「マンガの原型」から見てみると、どうだろうか。

 風刺画は「庶民の視点」から時代を描いている。つまり庶民目線の「近代史」を知ることが出来るのだ。庶民の目線には小難しいことや、専門用語などもない。ただ、日々の生活を生きる人々の喜び、怒り、不満などが顕著に描かれている。風刺画を通してみる日本近代史は、卑近な視点から垣間見える、庶民の歴史といえるだろう。風刺画を近代史の題材にする意義を、『風刺漫画で日本近代史がわかる本』(湯本豪一/草思社)の筆者はこう述べている。

漫画は物事をそのまま写しとったものではなく、物事の「本質」を表現したものなのだ。ゆえに、たった1枚の漫画が、貴重な証言者として時代を雄弁に物語るのである。

 それでは、明治の文明開化を、庶民はどういう風に見ていたのか、風刺画を通して紹介してみたいと思う。

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 「木造と煉瓦(れんが)」と題された漫画では、従来の木造建築と、新しく流入した煉瓦造りの建物について、どちらが優れているのかを表している。一見、新しい煉瓦造りの建物に軍配が上がりそうだが、この風刺画では木造建築が「俺に頭が上がらないだろう」と勢いづいている。というのも、銀座の煉瓦街では商品が湿気てしまうなどの問題が指摘されていた他に、木造建築の方が地震に強かったこともあり、「気候や風土を考えずに西洋建築を導入することにはさまざまな問題があった」ことが示されている。

 また、明治期に入ってから新しく制度化された「地租改正」について、反対を表す風刺画も生まれる。地租改正は持っている地価の3パーセント(のちに変更される)を税金として納める制度である。これは重税であり、各地で反対を生んだ。その「地租改正」反対の風刺画が、「怪星を観るの記」というタイトルで、黒い人型の陰に、星座のような星が点々と連なっている図である。これは、実は蓑を着た農民で、「怪星」は「改正」を表しており、星の数々が紫蘇(しそ)の形をしているのは紫蘇=地租を表現しているのだという。つまり地租改正への反対運動は、「自然発生的な農民の行動」だったということを、表しているのだ。

 更に時代が進み、自由民権運動が隆盛した明治13年には、「犬が大挙して襲ってくるので、慌てて塀を建てている鯰(なまず)」の風刺画が登場する。犬の首輪には「民」を書かれており、これは民犬、つまり民権運動をする人々を表している。鯰は官吏を表しているらしく、押し寄せて来る犬たちを、鯰が必死に防ごうとしているさまが、当時の民権運動の激しさを表現している。

 「三国干渉」という単語は、教科書で見たことのある人も多いのではないだろうか。これは日清戦争に勝利した日本が、中国に遼東半島を割譲させた際、日本の権益拡大を危惧したロシア、フランス、ドイツが「遼東半島を清国に返還せよ」と要請し、横やりを入れてきた事件だ。これに対し、当時の庶民がどう思ったのか。それは明治28年に発表された風刺画が表している。遼東半島の地図らしきものが描かれている紙の上に、爪のとがった禍々しい大きな手のひらが迫っている。その手には大きく「魔」と書かれている。手に書かれた魔、つまり「魔の手」が「待て」と、日本の遼東半島の領有を留めている。この魔の手こそ、三国干渉に対する庶民のイメージなのだ。

 その後、日本は日露戦争へと進み、勝利をすることになるが、明治37年に発表された風刺画には、天秤の上に兵士と羽根が載せられ、羽根の方が重たいことを表す絵が描かれている。これは「兵士の命は羽根よりも軽い」と訴えている。日露戦争での犠牲者がいかに多く、そのことに関して民衆は嘆き悲しんでいたことがうかがえるだろう。

 このように、風刺画は掛け詞(今の感覚で言えばダジャレに近いかもしれない)や絵を巧みに用い、文化的、政治的な出来事に関する庶民の意見を如実に伝えてくれている。当時は言論統制があったために、敢えて分かりづらく風刺画を描いているのだが、それを読み解くこともまた面白さの一つだったのかもしれない。

文=雨野裾