青春ミステリーアニメ『ハルチカ』の原作小説第1弾! シリーズの端緒を開く瑞々しさに満ちた魅力

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『退出ゲーム』(初野 晴/角川書店)

2016年1月より放送開始したテレビアニメ『ハルチカ~ハルタとチカは青春する~』は初野 晴氏のシリーズ小説を原作としている。ジャンルは青春ミステリーと日常ミステリーのハイブリッドで、全体の雰囲気はライトノベルに近い。こう書くと思いだすのが、2012年にテレビアニメが放送され、好評を博した『氷菓』である。こちらの原作者は、今やミステリー界の看板選手となった米澤穂信氏であるが、制作会社の京都アニメーションは、その原作を見事にアニメの世界へ落とし込むことに成功している。それに対して、『ハルチカ』を制作するのは青春アニメでは定評のあるピーエーワークスだ。こちらも『氷菓』に負けず劣らず期待できる作品だと言える。それは制作会社に恵まれているだけでなく、原作が、数ある青春ミステリーの中でも飛び抜けて素晴らしい作品だからだ。

退出ゲーム』(初野 晴/角川書店)は、4つの短編からなるハルチカシリーズの第1弾。春太や千夏をはじめとする部員たちが、弱小吹奏楽部を立て直そうと奮闘する姿が物語の縦軸として描かれ、その中で不可思議な謎に遭遇し、春太がそれを解き明かすエピソードが横軸として絡んでくるというのが全体の流れだ。また、本作品はシリーズのプロローグ的役割を果たしており、謎を解くたびに、その後、主要キャラクターとして活躍する新しい部員が集まってくるのも特徴だ。

この作品を楽しいものにしているのは、主人公のひとりである穂村千夏の語りだろう。小気味のよい彼女の語り口は物語に軽快なリズムを与えてくれるのだ。バイタリティには溢れているが、極めて常識人である彼女の周りには、春太を初めとして変人ばかりが集まってくる。そんな彼らの言動に悩まされながらも、律儀につっこみを入れるシーンがいちいち楽しい。そして、なにより、春太と千夏の主人公ふたりによる軽妙な掛け合いが微笑ましく、読者はこの作品をさらりと読んでしまうことができだろう。

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ところが、である。これが本シリーズの最大の特徴であるのだが、シリーズ全体がコメディタッチで統一されているのにもかかわらず、各エピソードで語られる物語は深刻の色合いが濃い。

文化祭の準備中に猛毒である硫酸銅が盗まれる「結晶泥棒」。難病で苦しんでいる弟に何もしてやれず、死に目にも会えなかったことを引きずり続けている女子高生の苦悩を描いた「クロスキューブ」。アメリカ人夫婦に引き取られて幸せな青春時代を送っていた、かつての戸籍を持たない孤児が、幼い時に生き別れた弟から会いたいという手紙を受け取り、過去と現代の間で板挟みになる「退出ゲーム」。女子中学生が、若き日に祖母を捨ててアメリカに渡った祖父に出会い、不治の病に冒されている彼に対して復讐をたくらむ「エレファンツ・ブレス」。

どれもまともに描けば、陰鬱な物語になりそうなものばかりだ。ところが、著者はシリアスなテーマを底流に置きながらも、あくまでも、コメディの雰囲気を崩さずに話を展開しようとする。これが不思議と、水と油になって弾きあうようなことはなく、その切なさとおかしさが入り混じった空間の中に青春の瑞々しさが感じられるのだ。各エピソードには、それぞれひとつの謎が設定されているが、その謎が解けた瞬間が物語のクライマックスとなる。そこでは、深刻な問題とコメディ要素は共に溶け去り、静かな感動がその場を包み込む。本作では、この難易度の高い手法が見事に成功しており、そこが凡百の青春ミステリーとは一線を画しているところである。

本シリーズは好評をもって読者に迎えられ、現在5巻まで巻を重ね、そして今回、アニメ化の運びとなった。この卓越した作品をスタッフが、どのような形でアニメーションとして動かしているのか、ぜひご覧いただきたい。

文=HM