ハーモニーという名画 ―アニメの「止め絵」に込められた命の瞬きが熱い

マンガ

公開日:2015/12/29


『ハーモニーという世界~アニメが名画になる瞬間~』(ぴあ)

 今年のクリスマスは終わってしまったが、アニメ史上、最も情熱的なクリスマスプレゼントと言えば、『あしたのジョー2』の第10話で、白木葉子が矢吹丈とカーロスに贈った「マッチメイク」だろう。そして、『あしたのジョー』と言えば、大事な場面でアニメ絵が静止し、劇画・絵画調の「止め絵」に切り替わったのを思い出す人は多いはずだ。あの「止め絵」をアニメの用語で「ハーモニー」という。

 通常のセルアニメでは、絵の具で描かれた背景の上にベタ塗りされたキャラクターの動画を重ねてカットを作るが、ハーモニー処理の場合、セルのキャラクターをベタ塗りせず「背景と同じ質感」で「背景を人物込み」で描き、その上に線画をトレスしたセルを重ねる。こうして、絵画のような一枚絵の画面が完成する。本来なら背景から浮くべき人物を馴染ませる――調和させることから「ハーモニー」と呼ばれるようになった。

 1970~80年代にはよく見かけた「ハーモニー」だが、誰よりも効果的に使い、職人技にまで高め極めたのは、出崎統監督だ。『あしたのジョー』『ガンバの冒険』『エースをねらえ!』のタイトルを聞けば、ピンと来る人も多いだろう。

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 出崎監督は「生きているということが、1秒後にはどうなるか分からないという未来を、絶えず迎えていることである以上、一瞬一瞬の積み重ねで出来上がっているんだ」という考えのもと、ハーモニーカットという「止め絵」で、キャラクターたちの「生」の瞬間を激しく描写し、印象づけた。

 そんな出崎作品のうち、東京ムービー(現トムス・エンタテイメント)の作品で使用された「ハーモニー画」を集めた一冊が『ハーモニーという世界~アニメが名画になる瞬間~』(ぴあ)だ。本書には『あしたのジョー2』『エースをねらえ!劇場版』『宝島』『ガンバの冒険』『家なき子』『ベルサイユのばら』(全て出崎監督)から、選りすぐりのハーモニー画50点が、その場面のセリフと共に収録されており、ページをめくるたびに、数々の名場面が臨場感たっぷりに蘇ってくる。本なのに映像を見ているかのような錯覚に陥るのは、ハーモニー画集ならではの面白さだ。

 だが、ハーモニー画の魅力は、一枚絵としての美しさだけではない。本書には、出崎監督と共にハーモニーカットを作り上げたスタッフ――作画監督・杉野昭夫氏、美術監督・小林七郎氏、作画監督・椛島義夫氏、アニメーター・大橋学氏らのコメントやインタビューが掲載されており、それらを読んだ後でハーモニー画を見直すと、それぞれのカットに込められた作り手たちの「情念」や「業」が押し寄せてくるのだ。

 アニメの作画は基本的に、原画マンが描いた絵を作画監督がチェックして修正し(時には戻し)、作監修正が入ったものが「決定稿」となる。「ぬりえ」状態の線画が彩色され、背景に重ねることでカットが成立する。

 しかし、ハーモニーの場合は、決定稿となった人物セル(無彩色の線画)を背景美術に渡し、その線画に重なるように背景担当が人物まで描き、色を付ける。その際、線画にはない効果やタッチを入れることもできるし、陰影を強調することもできる。セルにトレスされた線画は、背景担当の筆ひとつで変えられるのだ。

 それが監督の指示であるならまだしも、杉野氏のコメントによれば、出崎監督は多くを指示せず、例えばジョーと力石のハーモニーカットでは、絵コンテに「テーマ闘争心」と書いてあるくらいだったという。

 作画監督がOKを出した線画に他のスタッフが自分の裁量で「手を入れる」ということは、本来はありえない。ところが、ハーモニーカットではそれが当たり前のように起こっているのだ。背景美術を手がけた小林七郎氏は本書のインタビューで述懐する。

もっと激しくしたくて、ほとんどの場合、私が原画の上からタッチ線を加えていましたね。(中略)作画の裏方になりがちな背景美術の枠に対する不満とでも言いましょうか、(アニメーターに対する)画力や表現力で挑戦するという意識の現れだったんです。

 もちろん、作画監督の杉野氏への最大限のリスペクトがあった上で「絵描きのひとりとして主張しないわけにはいかない」という、熱い思いをハーモニーにぶつけたのだ。

 思いをぶつけられた杉野氏はというと、美術が仕上げたハーモニーが自分のイメージを越えることがあったかとの問いに、「山ほどあります。自分のヘタクソな画にて、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです」と答えている。しかし、そのヘタクソというレベルを勘違いしてはいけない。業界トップクラスの実力者たちが、さらなる高みを目指して口にする言葉なのだから。互いの実力を認め、信頼しているからこそ仕事の垣根を飛び越えて、絵と絵で殴り合える。それは、杉野氏の言葉からうかがい知ることができる。

(ハーモニーの色味や表現について美術担当に希望を伝えたことは)特にありません。あくまで美術の人がコンテを読んだときのイメージが大切だと思います。

 コメントやインタビューから、このような熱い想いや、当時の製作状況を垣間見ることができ、実に興味深い。他にも、椛島氏は『ガンバの冒険』でハーモニーを応用して「ガンバが初めて見る海」を表現した時の話や、「シジン」のモデルが椛島氏だったという裏話、大橋氏は『宝島』の最終回でシルバが振り向く場面を作監修正された時の想いや、ハーモニーが当時は「描き絵」と呼ばれていたことなど、出崎作品で育った世代には、たまらないエピソードをインタビューで語ってくれている。

 「止め絵」という演出のイチ手法が、職人技にまで高められたのは、もちろん出崎統という圧倒的な才能があったからだが、その「背景」に渦巻いていた多くのスタッフの熱い想いも業をも飲み込んで一枚の絵として調和したからこそ、「ハーモニー」は視聴者の心に焼き付く「名画」になったのだろう。

 さあ、年末年始。『あしたのジョー2』、第10話「クリスマスイブ…その贈り物は」を見て過ごそう。当時「1週間に1度しか帰宅できず、帰っても風呂にも入らずに寝てばかりいた」という杉野氏の描いたジョーやカーロス、報われない愛に生きる白木葉子のハーモニーカットは、最高のプレゼントになるはずだ。

文=水陶マコト