水木しげる「ゲゲゲ」と「ゲーテ」の共通点とは?
更新日:2016/1/14
2015年11月30日、漫画界の巨匠・水木しげるが世を去った。
代表作は『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』『河童の三平』。唯一無二の作品はもちろん、ユーモラスで飾り気のない本人のキャラクターも、幅広い世代に大人気だった。
長年の貧乏生活を経験してきた水木は、漫画家として成功した後も、ぜいたくなライフスタイルとは無縁。お腹いっぱい食べられて、寝ることができたら幸せ、という価値観を崩さなかった。「怠け者になりなさい」「けんかはよせ 腹が減るぞ」など、独自の哲学から生まれた名言も数多い。幸せについて考え、実践し、発信し続けた93年の人生だった。
そんな幸福のスポークスマンのような水木しげるにも、悩み苦しんだ時期があったことはあまり知られていない。原因は戦争だ。当時水木は18歳。激しさを増す戦争のなか、明日にも召集され、死ぬかもしれないという恐怖を克服するため、哲学書を読みあさった。
なかでも熟読したのが、ドイツを代表する文豪ゲーテである。
晩年のゲーテの発言をまとめた『ゲーテとの会話』には大きな影響を受け、雑嚢に入れて戦地に持参するほどだった。戦場から持ち帰られた岩波文庫版の『ゲーテとの対話』は、いまも水木プロダクションと水木しげる記念館に大切に保管されている。
と、前置きが長くなってしまったが、『ゲゲゲのゲーテ 水木しげるが選んだ93の「賢者の言葉」』(水木しげる:著、水木プロダクション:編/双葉社)はこうした事情を抜きには語れない一冊だ。
本書はゲーテの人生観を伝える『ゲーテとの対話』から、若き日の水木しげるが文庫本に傍線を引いたフレーズを93、抜粋したもの。水木自身のコメントやインタビュー(単独インタビューに加え、愛妻・布枝さんとの仲睦まじいダブルインタビューもあり)、母にあてた手紙などの資料とあわせて、「ゲゲゲ」と「ゲーテ」の知られざる関係を浮かびあがらせた好著である。
読んでいて“なるほど”と、2つの意味で唸らされた。
1つはゲーテ思想そのものへの“なるほど”。たとえば、
自分自身を知るのは、楽しんでいるときか、悩んでいるときだけだ
というフレーズ。ふむふむ、確かにへこんでいる時ほど人は哲学的になるものだ。あるいは
他人を自分に同調させようなどと望むのは、そもそも馬鹿げた話だよ
ついついカッとなりがちな私には、耳の痛い言葉である。深い人間洞察に裏づけられたゲーテの名言には、傾聴すべき点が多い。
そしてもう1つの“なるほど”は、ゲーテと水木しげるとの共通点についてだ。
本書に収録されているゲーテのフレーズは、水木しげるの発言と重なる部分が大きい。本人もインタビューで、「水木サンの80パーセントはゲーテ的な生き方です」と明言しているが、その影響がいかに大きかったのかあらためて知ることができる。
たとえば
たいていの者は自分で出来る以上のことをしようとして、自然から与えられた才能の限界をはみ出そうとする
精神の意志の力で成功しないような場合には、好機の到来を待つほかない
などのフレーズ。無理せずできる範囲でのんびりと、という水木サン流の幸福論とよく似た考えを、ゲーテも抱いていたことに驚かされる。
「駄目な奴は、もちろんいつまでたっても駄目だ。小才しかない人間は、古代の偉大な精神に毎日接したところで、少しも大きくはならないだろう」
と、才能のない人間をばっさり斬って捨てるリアリストぶりも、妙に水木しげるっぽくておかしい。まずは自分を知ること。自分の才能をかんちがいしないことが、幸福に生きるための早道なのだと、ゲーテも水木しげるも言うのである。こうしたフレーズが、水木しげるの年齢にあわせて93本収録されており、恰好のゲーテ入門書となっている。
ちなみに人生の終わりについて、ゲーテはこう言った。
生きているかぎり(中略)頭をおこしていよう。まだものを産み出すことのできる限り、諦めはしないだろうよ
このフレーズに傍線を引いた水木しげるも、また死の直前まで作品を生み出し続けた。本書もそうして刊行された1冊である。
幸福になりたい人、水木しげるの境地に一歩でも近づきたい人はぜひ読んでみてほしい。「ゲゲゲ」と「ゲーテ」には、幸福に生きるための道しるべがある。
文=朝宮運河