「あなたの予想を裏切る――」 4人の后候補の凄絶な争い『烏に単は似合わない』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

「あなたの予想を裏切る――」という帯の見出し。「売れている本」と銘打たれた本書を手に取り、「なるほど」と思った。確かにこれは、予想を裏切った。だが、ただ展開が読めなかったというわけではない。予想を「超えた」のだ。

烏に単は似合わない』(阿部智里/文春文庫)は、新たな和風ファンタジーの息吹を感じさせてくれる、ブラックな内容だ。作者の阿部智里は20歳という若さで松本清張賞を受賞。史上最年少の受賞だそうだが、本書ではそんな若さは感じられないほどの、精巧な筆力を感じられる。

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舞台は八咫烏(やたがらす)の暮らす異世界。イメージとしては平安時代の貴族の暮らしに近いと思う。登場人物は「烏」なのだ(主人公たちは普段、人間の姿をしている)。だが、あまりにも緻密な世界設定と、描写力はファンタジーの「読みづらさ」を一切感じさせない。まるで『源氏物語』のような古典文学を、現代人でも分かるようにリメイクした作品を読んでいるかのようなのだ。

話のあらましはこうだ。

八咫烏の世界では、東西南北に土地が四つ分かれている。それぞれを東家、西家、南家、北家が治めている。その四家から、後に金烏(きんう)となる皇太子の皇后が選ばれる。金烏とは、分かりやすく言えば現代の天皇と同じ存在だろう。皇太子、若宮の皇后になるべく、四家の姫が「桜花宮」という場所へ集められ、誰が后として選ばれるか、四家の思惑が絡み合う中で、それぞれの姫が何を考え、生きるかということを描いた作品である。

だが、決して、「若宮の寵愛を得るために、四人の女性が醜く争う」だけの話ではないことを言及しておきたい。后に選ばれるため、嫉妬と憎悪に溢れた愛憎の物語。そんな浅薄なストーリーではないのが、本書の「予想を裏切る」展開なのである。

本当はネタばらしまでして、その面白さを伝えてみたいが、何も知らずに本書を読んでほしいので、自粛しよう。その代わりに、魅力的な四家の姫たちを紹介しておきたいと思う。

まずは東家の姫「あせび」。あせびは本来なら后候補ではなかった妹姫だ。だが姉の双葉が疱瘡にかかり、姉の代わりに后候補として「桜花宮」へと向かうことに。今まで家の外に出たことがなく、八咫烏の世界の住人でありながら、何も知らない。明るい髪の色と瞳を持ち、音楽の才に長けた「心優しき」姫だ。本当は后の候補になるはずだった姉を「可哀想に」と案じる。物語が彼女の視点から始まり、本書の主人公的存在かもしれない。

次に西家の「真赭の薄(ますほのすすき)」。

赤い光沢を持った黒髪はつやつやと波打ち、薔薇色の肌は匂うように艶めかしい。一歩一歩歩み寄るその仕草すら、見ているこちらが恐ろしくなる程に華やかだった。みずみずしい唇は、熟れ切った甘い果実のようである。

と形容されるほどの色っぽい美女。若宮に恋をしており、美しさを鼻にかける嫌味な女かと思いきや、読み終わった後の感想で言えば、常識に外れない良識人で、正義感が強いといった印象を持つ。

更に南家の「浜木綿(はまゆう)」。彼女は目鼻立ちのすっきりとした、気の強さを感じさせる見た目だという。美しく、豊満な胸元、腰つきだが、手足が長い。肉感的でありながら、いやらしい感じのしない女性だ。どこか男っぽく、さっぱりとした印象を受ける。思わず「アネゴ」と言いたくなる女性ではないだろうか。

最後の北家の「白珠(しらたま)」。白珠は、真赭の薄と浜木綿に比べると、やや地味に登場する。肌が白く大人しげで、美を誇示するようなこともない。だが、「もしも后になれなかったら、あたくしは喉を突いて死にます」と言ってのけるような強烈な女性だ。后になる「思惑」(「想い」ではない)は、一番強いようである。

性格も立場も全く異なる、この四家の姫たち。誰が若宮の后に選ばれるのか? それだけでも先の展開が気になるというのに、物語はそれほど単調ではなく、あらゆる派閥争い、思惑が絡み合い、ラストは「驚き」の一言だ。

読んでいる間に、いつの間にか「印象」が変わっている不思議な小説。最初と最後で、まるで違う本に変化してしまったのではないかと思えるところが、本書の読みどころだろう。また、タイトルも良い。色々な意味が含まれていると思うが、読み終わった後に、この題名の真意を考えてみてほしい。

文=雨野裾