精神科病棟入院、彼氏の逮捕、死の淵をさまよった脱腸… ―壮絶な半生をマンガに綴る、道草晴子さんにインタビュー!

マンガ

更新日:2016/3/14

 作家のなかには、私生活を赤裸々に描くことで創作活動を行う人たちがいる。私小説、実録マンガなどと呼ばれる作品は、現実世界のできごとをテーマにしているため、読み手の心を非常に揺さぶる。しかしながら、こんな作品は読んだことがなかった。『みちくさ日記』(道草晴子/リイド社)だ。

みちくさ日記』(道草晴子/リイド社)

 本作で描かれるのは、道草さんのこれまでの経験。そして、それが凄まじい。精神科病棟入院、作業所での鬱々とした日々、彼氏の逮捕、死の淵をさまよった脱腸…。人生とは、こうも波瀾万丈になるものなのか。そして、どうしてこんなにも赤裸々に描く必要があったのか。今回、著者である道草さんが、ロングインタビューに応じてくれた。

――自分の過去をマンガで赤裸々にしようと思ったきっかけはなんだったんですか?

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道草晴子さん(以下、道草):わたしの周囲もそうですけど、いまの世の中、ツライことばかり経験している人、自分なんて生きている価値がないって思っている人が大勢いると思うんです。そういう人たちに向けて、わたしのこれまでのダメな経験を描くことで、「自分はこれでもいいんだ!」って自信を持ってもらいたかったんです。人生に絶望して明るい未来が描けないときに少しでも前向きになれるメッセージって、仕事でもなんでもうまくいっている人が言うよりも、わたしみたいにいろいろ躓いてきた人の言葉の方が届くんじゃないかなって。

――確かに、作中に登場するエピソードはどれも強烈ですよね…。どれかひとつでも経験したら「大変だね…」となるところ、道草さんの場合は立て続けに起こっている。ある意味ドラマチックとも言えます。でも、作風はとても淡々としていますよね。その理由は?

道草:わたし、つげ義春先生が大好きなんです。あの方も淡々とした作風が持ち味で、おそらくその影響を受けているのかもしれません。いわゆるマンガらしいマンガというよりか、起こったできごとをドラマチックに装飾しないで描く方が好きです。


――13歳で「ちばてつや賞」を受賞されましたが、そのときも同じような作風だったんですか?

道草:いや、あの頃は、ちょっと毒があるショートギャグマンガを描いていました。いまとはまったく異なる作風でしたね。当時は、「ただ表現をしたい」「マンガが描きたい」という気持ちばかりが先行していて。でもいまは、「伝えたいメッセージがある」という気持ちのうえで描いているので、必然的に作風も変わってきたんだと思います。

――華々しいキャリアのスタートを切ったように見えますが、そこからどうして精神科病棟に入院することになってしまったんでしょうか?

道草:もともとマンガを描き始めた理由というのが、友達に笑ってもらうためだったんです。人とのコミュニケーションが苦手だったわたしが、唯一人とつながる手段だったというか。それが、商業デビューをして、仕事で描かなければならなくなったときに、パッタリと描けなくなってしまったんです。それで徐々に不安定になっていって、ごはんがまったく食べられなくなったり、突然泣き出したり、挙げ句の果てには、服を着たままシャワーを浴びて叫んでいた(笑)。それを見るに見かねた両親が、病院に連れて行ってくれたんです。



――入院生活はどうでしたか?

道草:病院に閉じ込められたなどとは思っていなくて、やっぱり本当にツラかったから、あのときは入院するしかなかったんだなって思っています。でも、病院での生活は、想像以上に自由なんですよ。朝起きてラジオ体操をして、朝ごはんを食べてミーティングをして、日課を済ませて、許可がもらえれば外出もできるんです。土日にはコミティアにも行けたし。なんていうか、病院というよりも、寮生活みたいな感じでしたね。


――その後、病院から学校に通い、きちんと卒業もされましたね。ただ、その後通い始めた作業所で、「自分は障害者なんだ」という認識が強くなってしまったとか。本来ならば社会復帰を支援するはずの作業所で、どうしてそんな思いをしたんですか?

道草:そこで働く障害者と健常者との間に、すごく壁があるような気がしたんです。「障害者でもちゃんとやれるってことを見せてやろうよ!」って、障害者であることをすごく強調されるんです。もちろん向こうは善意でそう言ってくれていたんでしょうけど、わたしはその善意がツラかった。言われれば言われるほど、「自分が障害者であること」を強く認識させられるような気がしましたね…。


――なるほど。そんなときに出会ったのが、作中にも出てくる「オジサン」。道端でちょくちょく話をするようになって、自然とお付き合いするようになったんですよね。でも、そんなささやかな幸せの日々は、「オジサンの逮捕」というカタチで終わりを迎えてしまうという…。

道草:顔見知りになって、お付き合いをするようになって、本当に幸せでした。ギャグセンスが高い人だったから、すごく笑わせてくれましたし(笑)。でも、あるとき逮捕されてしまって。後から知ったんですけど、わたしと出会ったときにはすでに「潜伏先」を探していたみたいなんです。だから、知らず知らずのうちに犯罪者を匿うカタチになっていた。でも、後日わたしのところに来た警察の方に、「早く忘れなさい」って慰められました(笑)。

――恋人が逮捕されるなんて、なかなかない経験ですよね…。その後、お付き合いをしたQちゃんは、オジサンとは真逆の好青年。でも、彼との関係も3年ほどで終わってしまったんですよね。それはどうしてですか?

道草:わたしの病気のことも、「そんなにおかしいことじゃないよ」って言ってくれるやさしい人だったんです。でも、当時のわたしには自信がなくて、その言葉も理解できなかった。とにかく自分が嫌いだったから、逃げ出したい気持ちもありましたし。オジサンのこともトラウマになっていて、この人もいつか離れていくんじゃないかなって。だから、別れたときは悲しかったけど、その後、自分の力で生きていこうという前向きな決心につながったので、いまは後悔していません。



――最愛の人との別れを経験し、最後の最後に待ち受けていたのが、まさかの「脱腸」騒動ですね。

道草:そうなんです。最初、わたしの被害妄想かと思って放置していたんですよ(笑)。そしたら本当に脱腸していて、あと数時間で死ぬってところまでいっちゃったんです。それで緊急手術をして、なんとかいまも生きているっていう(笑)。でも、その経験をして、「人はいつ死ぬかわからない」って思ったんです。だからこそ、やりたいことをやろう、と。マンガを再び描き始めたのも、その経験があったから。わたしの人生は本当にいろんなことがあったけど、これからは自分で決めた生き方をしていきたいって思います!

 インタビュー中、何度も「自分のダメな経験が…」と口にしていた道草さん。けれど、その経験を活かし、ツラくて落ち込んでいる人や悩んでいる人が読んだときに、元気になれるマンガを描きたかったと語る彼女。ともすれば、少しでも自分を良く見せようとする人が多い昨今。そんな時代において、彼女のような存在は、きっと多くの人を励ますことだろう。道草さんの今後の活躍を、いちファンとして願ってやまない。

取材・文=前田レゴ