知っていますか? 虐待から生き残った子どもたちの「その後」

社会

更新日:2017/3/27


『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(黒川祥子/集英社)

 突然ですが、電話番号に関するクイズをひとつ。緊急時にダイヤルする番号で、110番は、警察。119番は、火事と救急。118番は…海上事故の通報です。では「189番」は、何の番号でしょうか?

 正解は、「児童相談所全国共通ダイヤル」。2015年7月1日に開設されたこの番号へ電話すると、日本全国どこからでも、近くの児童相談所へつながります。そして、この番号で主として受け付けているのが、児童虐待に関する通報です。

 厚生労働省の発表によると、2013年度に起きた子どもの虐待死は、全国で63件。実に69もの幼い命が犠牲になっています。そして同年度、児童相談所が、虐待に関する相談に対応した件数というのは、7万件を超えています。これが示すところはつまり、死には至らなくとも、心身を傷めつけられている子どもたちが、何万人も居るということです。

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 私たちが普段、テレビやネットのニュースで目にする虐待事件の多くは、最悪の結果を迎えてしまったものです。逆に言えば、命さえ助かれば、その子たちの受けた痛みなどについて、大きく報じられることはありません。

 では、虐待を生き延びた子どもたちは、どのように「その後」を過ごしているのでしょうか。こうした疑問に答えてくれる本が、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(黒川祥子/集英社)です。

 著者である黒川祥子氏は2010年、ある虐待事件の裁判を傍聴したことをきっかけに、子ども虐待についての本格的な取材を始めます。調査を始めたころはまだ、虐待の「全景」に明るくなかった彼女。同書の冒頭では、以下のような記述もなされています。

虐待を受けた子どもというのは、どんな状態にさせられているのだろう。それまで私は、虐待を受けた子どもは、児童相談所によって保護されて親から離されれば、それでひとまず問題は解決すると思っていた。少なくとも、もう殺される危険はないのだと。

 黒川氏は、虐待から生き残った子どもたちの「その後」を支える、さまざまな人たちへの取材を試みます。小児専門の総合病院で、被虐待児と向き合う医師たち。両親と離れて暮らす子どもたちの家「ファミリーホーム」の里親。そして、自らが子を持つ親となった元被虐待児…。自身もシングルで二人の子どもを育てた経験があるという黒川氏にとっても、現場で見聞きする過酷な現実は、かなり衝撃的だったようです。

 私が印象に残ったのは、幼いころに寺へ預けられ、その後一緒に暮らすようになった父親と継母から虐待を受けるようになったという、ある女性への取材記録でした。自身も子育て中だという彼女。かんしゃくを起こす子どもにつらく当たってしまうなかで、これは自分が、父親や継母に言いたかったことを、わが子にぶつけていたのだと気づきます。「自分が育ててもらったことがない」というその女性は、「育児モデル」を持たないまま、自身の子育てと向き合っていたのです。

 心身に大きなダメージを負った被虐待児や、元被虐待児たちに、直接手を差し伸べることのできる機会は、なかなかあるものではありません。また、そうした場に恵まれたとしても、十分な知識や経験を有していなければ、かえって相手を傷つけてしまう可能性だってあります。では、そんな子どもたちのために、我々には何ができるのでしょうか。

 同書の結びにて黒川氏は、このような言葉を残しています。

生きていてくれたのだから、生きていてよかったと思える意味を、一人一人に持ってほしい。そう思えるようにしていくのが、私たち大人の責任なのだ。

 家庭に居場所のない子どもたちも、健やかに暮らせるような環境づくりを。そして彼らが大人になった時、子育てに迷ってしまわないような仕組みづくりを。幼い命を世の中全体でフォローしていける体制の整備は、現代日本社会の急務であるといえそうです。

文=神田はるよ