もし10の願いが叶ったら…人間の欲を赤裸々に描くファンタジー。恒川光太郎インタビュー【前編】

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

ヘブンメイカー スタープレイヤーⅡ』(恒川光太郎/KADOKAWA)

 もしも10の願いが何でも叶うとしたら? そんな妄想を満たしてくれる恒川光太郎の傑作異世界ファンタジー『スタープレイヤー』。その待望の続編となる『ヘブンメイカー スタープレイヤーⅡ』が刊行された。10の願いを叶えることができる男・逸輝を中心に展開する波瀾万丈なストーリー。広がりと深みを増した「スタープレイヤー」の壮大な世界に迫る!

恒川光太郎氏

――『スタープレイヤー』から1年3カ月での続編刊行ですね。ファンには嬉しいペースですが、続編を執筆しようという予定は当初から?

恒川:はい。1作目と2作目ははじめからセットで考えていました。1作目を出した時点で「来年夏に続編刊行!」という告知を出してしまったので、書かざるをえなかったんですよ(笑)。僕にしてはペースが早いのはそのせいです。

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――前作同様「10の願い」を叶える力を与えられた主人公(=スタープレイヤー)が、異世界でさまざまな経験を積んでゆく物語です。1作目とはどんな違いを意識しましたか。

恒川:1作目が10の願いでこんなことができますよ、という例を示した作品でしたが、今回はその応用編のような感じです。

――まだこんなこともできたんだ!と驚くような展開でした。

恒川:1作目をファンタジーだとするなら、今回はダークファンタジーですね。主人公がいろいろな物を失ってゆく話なので、1作目ほど明るい雰囲気ではない。ホラーな部分もあって、従来の僕の小説に近いテイストになったかな、と思っています。

――このシリーズの設定は非常にワクワクしますよね。スタープレイヤーに選ばれた人は、財産でも美貌でも、どんな願いも10個までなら叶えてもらえます。

恒川:そうですね。ただ一部できないこともあって、惑星の構造自体を変えてしまったり、スターの数を増やすという願いは駄目なんです。地球に帰るという願いも、100日経たないと叶えてもらえません。

――10という数も絶妙だと思います。1つや3つだと真剣に悩みますが、10個もあったらあれもこれも叶えられる。

恒川:そうなんです。昔話や民話だとたいてい1つか3つですよね。それも冒険の末にやっと叶えてもらえたりする。このシリーズは逆の発想で、もしスタートの時点から願いが10個も叶ったらどうなるんだろう、という物語なんです。

――叶えてもらう方法もユニークですよね。プレイヤーは「スターボード」という端末に打ち込まないといけない。しかも、ちょっとでも曖昧なところがあると受理されない。

恒川:「立派な家がほしい」といっても、サイズから素材まで、家にはいろいろありますよね。瓦屋根なのか、レンガ造りなのか、人によって思い浮かべる家は違う。これまでのファンタジーではそのへんが曖昧にされていた気がして、ちょっと違和感があったんです。

――なるほどと唸りました。「美人になりたい」という願いも駄目ですね。

恒川:駄目なんです。「フルムメア」という願いを叶えてくれる存在は、人間の価値観が分かりませんから。どんな鼻の形、どんな目の大きさにするか、ボードに付属している案内人と相談して決めなくちゃいけません。

――スターボードは通話やメールができたり、地図を表示できたりと、便利な機能がいろいろついていますね。異世界版のスマホかタブレットという感じですが。

恒川:僕はああいう便利なものを持っていないので、憧れがあるんですよ(笑)。1作目を書いていた頃に、初めて友達が使っているのを見て、なんてすごい道具なんだ!と衝撃を受けました。ああいうものが異世界にもあったらいいだろうな、と。

――透明になったり、案内人が出てきたり、現実のタブレットよりもカッコいいですよ。今回の『ヘブンメイカー』ではさらに機能が拡張しましたし。

恒川:この世界でボードをなくしたら大変です。そうならないように、ボード自体の機能を拡張するっていうのは誰かが思いつくだろうなと。

――今回スタープレイヤーに選ばれたのは、片思いの女性を殺されたショックで人生の目的を失ってしまった、佐伯逸輝という大学生です。異世界の沙漠で目を覚ました彼は、まずスターを2つ使って、オアシスや豪邸を呼び出し、さまざまな施設からなる拠点を道路で結びます。異世界にマルイ、ヨドバシカメラ、タワーレコード、吉祥寺PARCO建ち並ぶ光景はかなりシュールでした!

恒川:こういうのは細かい方が受けるかなと(笑)。吉祥寺PARCOを出したのは、吉祥寺が地元だからです。でも、百貨店を丸ごと呼び出すっていうのは、悪い手じゃないですよね。あとで「あ、あれも必要だった」となった時にすぐ取りにいけるので。

――やがて逸輝は人生最大の願いを叶えることを決意します。それは死んでしまった片思いの相手・花屋律子を生き返らせること。

恒川:普通ならスターの力を恋愛方面に使うだろうなと。1作目にそういう要素がなかったので、今回は恋愛をテーマにしてみました。死んだ人を蘇らせたい、というのも人間なら誰しも抱く当然の願いだと思います。

――律子と再会するためのお膳立てが、涙ぐましいですよね。自分好みに改良した湘南エリアを呼び出して、2人の愛の巣にしようとする。

恒川:これを読んだ知り合いの女性は、「この主人公は気持ちが悪い」と言っていました。連載中の担当さんも女性だったんですが「本当に心が小さい、いやな人物ですよね」って(笑)。逸輝はどうも女性受けが悪いみたい。もともとヒーローでなはい、駄目な人を書くつもりだったので、そこは狙い通りなんですけど。

――逸輝が再会の舞台に選んだのは、2人が生まれ育った神奈川県藤沢市。ロマンティックな雰囲気に描かれています。

恒川:藤沢のあたりは一時住んでいたことがあって、お洒落で落ち着いた町という印象があるんです。住人が土地に愛着を持っていて、物語のイメージにもぴったりでした。逸輝が呼び出した藤沢は、鎌倉や横浜、江ノ島の要素も入っていて、いわば彼の地元愛のモニュメントなんです。

――無人の町での甘い生活。しかし、転機が訪れますね。他のスタープレイヤーに呼び出されたフランス人たちが暮らすレゾナ島から、ヘリコプターに乗って男女がやってきます。

恒川:この惑星に日本人以外がいるというのは、1作目でも書いています。じゃあ、スタープレイヤーも日本人だけではおかしいなと思って、今回フランス人のレオナルドを登場させました。いろんな国籍、人種のスタープレイヤーが、時代を超えてやってきている、という設定です。

――レゾナ島を訪れた2人の関係は、次第にぎくしゃくしてゆきます。にぎやかな島に残りたい律子と、藤沢に戻りたい逸輝。律子の心は少しずつ逸輝から離れていき……という男にとっては胸の痛い展開です。

恒川:あるある感満載ですよね(笑)。逸輝はスターを使うことで失敗を重ねてゆく、いろいろな物を失ってゆくという主人公なんです。

(後編に続く)

取材・文=朝宮運河