もし10の願いが叶ったら…人間の欲を赤裸々に描くファンタジー。恒川光太郎インタビュー【後編】

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

 10の願いを叶える力を手にした逸輝。彼は果たして幸せになれるのか? 壮大なファンタジー『ヘブンメイカー スタープレイヤーⅡ』の深層に迫るインタビュー。後編では作家・恒川光太郎さんの自らの願いを告白。さらにあのブームにももの申す!?

恒川光太郎氏

――『ヘブンメイカー スタープレイヤーⅡ』では、2つの物語が交互に描かれています。1つはスターの力によって片思いの相手を復活させた逸輝の物語。もう1つが「ヘブン」と呼ばれる死者たちが暮らす町の物語です。

恒川:ヘブンのことは1作目の段階から頭にありました。自分でも気になっていて、早く書いてみたかったんです。実を言えば、1作目はヘブンを描くための準備段階のような意味合いもありました。

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――ヘブンは何者かが異世界に造った、真新しい異国風の町ですね。

恒川:そうです。そこに地球で死んだ人たちが再生してくる。

――バイク事故で死亡した孝平をはじめとして、町には3200人ほどの死者たちが復活してきます。謎に包まれた世界で、住人が力をあわせてコミュニティを作りあげてゆく姿は感動的でした。

恒川:逸輝のパートを「暗」だとしたら、ヘブンのパートは「明」なんです。活気があって、盛りあがっていく感じです。何も持っていないヘブンの住人は希望に満ちていて、何でも持っているはずの逸輝はどんどん沈んでいく。あえて言葉にすると、そういう対比の物語なんです。

――律子にふられてしまった逸輝は、レゾナ島からヘリコプターで旅に出ることになります。向かった先は現地人たちが暮らすイストレイヤ。「インドと中国と日本がくっついたような」アジア風の混沌とした国です。

恒川:篠田節子さんの『インド・クリスタル』を読んだんです。あれを読んでインドってすごい!と思って、影響がもろに出ていますね(笑)。宗教色が強くて、カースト制もあって、そこらに死体が転がっているような社会を描いてみたかった。宗教色の強さはファンタジーとも相性がいい気がします。

――スタープレイヤーや地球人とは別に、現地人が存在しているのもこの世界の面白いところです。

恒川:もともと長いシリーズにするつもりだったので、広げる風呂敷は大きい方がいいだろうなと。1巻で完結させるなら、地球人だけで収める方が得策なんですけどね。これからの伏線として、語り尽くしていない部分を残しています。単純に現地人が出てきた方が、面白いですしね。

――異世界をめぐる逸輝の旅は、本当に大切なものを求める心の遍歴にも重なってゆきます。この辺はしっかりファンタジーの王道ですね。

恒川:それでも僕のファンタジーは即物的なんですよ。普通だったら、ドラゴンの背中に乗って、仲間と旅するんでしょうけど、逸輝はヘリコプターだし、仲間は市場で買った奴隷ですからね(笑)。神秘的なところがあまりないのが、僕のファンタジーの特徴かなと。

――物語の後半には「バベル」という謎めいた巨大建築も登場します。ヘブンといい、聖書が下敷きにされていますね。

恒川:逸輝と律子はアダムとイブのような存在なんです。2人だけの世界で幸せに暮らしていたら、ある日突然ヘリコプターがやってきて、楽園から永遠に追放されてしまう。そういう話なんだな、と思って聖書を下敷きにしました。

――これまでの恒川作品に比べて、人工的でゲームっぽいとも言える世界観です。RPGなどは意識されていますか?

恒川:していると思います。でも、ゲームのシナリオを書きたいわけではなく、あくまで恒川光太郎の小説を書きたい。モンスターが出てきたり、未知の世界を探検したりというあたりはゲームっぽいですよね。

――1作目でも印象的だったマキオというスタープレイヤーも再登場します。

恒川:若き日の、20代の頃のマキオですね。彼は欲が薄いのか、スターを持っていても逸輝のような方向には行かない。せいぜい「マキオのわんにゃんランド」を作って、現地人に怒られるくらいです。

――その一方で、アイドルや映画スターを呼び出そうとする、いわば煩悩まみれのプレイヤーもいる。読んでいるといろいろ考えさせられます。恒川さんだったら、10の願いで何を叶えますか?

恒川:そうですね。動物が大好きなので、僕もわんにゃんランドは作りたいですね。あとは水遊びができるような水路とか。あ、ヘリコプターにも乗ってみたいですね。

――欲がないですね!色恋には使わないんですか?

恒川:それは『ヘブンメイカー』みたいになりそうで怖いですね。イケメンに変身して女の子をいっぱい呼ぶ、という手もありますけど、怨みを買って復讐されてもいやじゃないですか。バランスを取るために、他の男を呼ぶのもしゃくだし。まあ、現地人と混じって気楽に暮らすのがいいですね。

――最近は「なるべく物を持たない」というライフスタイルが注目を集めています。このシリーズを読んでいると、そういう風潮とも響き合っているのかな、という気がするのですが。

恒川:僕はもともとそういう考え方だったんですよ。でも、最近そうじゃなくなってきましたね。

――ええっ!?

恒川:昔は本当に持っていなかったんです。僕は関東から沖縄に引っ越したんですけど、その時点で持ち物はテントしかなかった。アパートを借りてからも、テレビも冷蔵庫も洗濯機もなしの生活で、洗濯はバケツ。それを知った当時の同僚が、気の毒がって誕生日に洗濯機を買ってくれました。暑いから窓を開けっ放しにしていたら、ツタやトカゲがどんどん部屋に入りこんでくるんですよ(笑)。

――それはワイルドな生活ですね。

恒川:何も持ってないおれはカッコいいぜ、と思っていたんですが、最近になって「やっぱりあるならあった方がいいな」と変わってきて。一応作家だから、本くらい持っていた方がいいなとか。だから今は何でも持ってますよ。パソコンもあるし、プリンタも机もあるし、車まで持っています。最近の物を捨てましょうという風潮を見ると「ハイハイ、おれも昔はそう思ってたよ」と微笑ましい気持ちになりますね(笑)。

――う~ん、一歩も二歩も先を行っていましたか。そういうところも含めて、このシリーズは人間の欲や幸せについて考えさせられるファンタジーの傑作と思います。

恒川:ありがとうございます。2作目から読んでもまったく問題ないので、どちらからでも読んでもらいたいですね。今回はホラーっぽい雰囲気があるので、1作目より恒川らしさの濃い作品かもしれません。

――惑星を支配するフルムメアの正体など、まだまだ大きな謎が残っています。ゆくゆくはこうした謎にも答えを出されますか?

恒川:担当さんからはそこも書いてくれ、と言われているんですが、書くとシリーズが終わってしまうので(笑)。考えてはいますがしばらく先ですね。異世界の成り立ち的なところも視野に入れつつ、スタープレイヤーを中心にした人間模様を描いていきたいと思っています。

――ありがとうございました。3作目も楽しみにしています。

取材・文=朝宮運河