百田尚樹 最新作は「最初で最後の恋愛小説」

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/27

2009年発表の『ボックス!』が第30回吉川英治文学新人賞候補、第6回本屋大賞5位になり、映画化もされた、話題の作家・百田尚樹。彼の最新作が『プリズム』(幻冬舎)だ。

「無謀な挑戦をしてみようかなと。恋愛そのものをメインにして、作家として最初で最後のことを一回やったろって。恋愛100%で書く、僕の一度きりの恋愛小説。もうこれ以上はやりません(笑)。ただ書くからには、過去、誰も書いたことがない恋愛を書いたろ、と。それがこの『プリズム』でした」

夫に浮気相手がいることを確信しつつも、不妊の原因が自分にある負い目と、結婚してからこのかた、変わらぬ彼の優しさに、見て見ぬふりを続ける32歳の聡子。世田谷に古い洋館を構える岩本家に家庭教師として通うことになった、そんな聡子の前に現れたのは離れに住む謎の青年。ぼんやり佇んでいたかと思うと、植木鉢を投げつけ、罵倒する。なのに、次は馴れ馴れしくキスまで迫ってくる始末。この男、いったい何者?─ストーリーは、聡子の心の揺らぎをダイレクトに共鳴する一人称で語られていく。

「出発点は、なぜ人は恋をするのかということを、とことん考えることでした。相手のどこに恋するのか。よく理想のタイプって言いますけど、たとえば賢い人、仕事ができる人がタイプと言っても、そんな人は世の中にいっぱいいる。でも、その人たち、みんなを好きになるわけじゃないでしょう? つくづく考えていったら、いわゆる人格に行きあたったんです。じゃあ、理想の人格がいろいろと並べられたら?姿形が一緒で、キャラクターが違ったらどうなる?って、具体的なパターンを想い浮かべて。そこに出てきたのが、あるひとつのテーマだったんです」

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庭のバラを切り、花束にして渡してくれたその男は、今度もまったく違う雰囲気を醸し出していた。礼儀正しく、紳士的。そしてこの前は“宮本純也”と名乗ったはずなのに、「私は宮本ではありません」と言う。奇妙な思いに囚われる聡子に、彼、“村田卓也”が告げた言葉─「実は、村田卓也という人物も、宮本純也という人物も、実際には存在しない男なんです」。彼らは、この屋敷の主人の弟である岩本広志の中に存在する“人格たち”だったのだ。

聡子の前で“彼”が最後に見せるある仕草。さらりと書かれた、その意味深い一行がいつまでも余韻として残る大人の恋愛を、ぜひ味わってほしい。

(ダ・ヴィンチ12月号「こんげつのブックマーク 『プリズム』百田尚樹」より)