読者に力強いエールを贈る、すべてを失った家具職人の再生の物語

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

一人息子を事故で亡くし、妻には去られ、経営する会社は不況の波に飲まれて倒産。40歳の東口太一は、今ではトラックの荷台で起きしながら、家具の修理を請け負うことでなんとか暮らしているホームレスだ。息子を映したホームビデオを見返して辛い思いが身を苛む夜もあるけれど、スクラップ置き場に集うホームレス仲間と、とりあえずは平穏な日々を送っている。そんな東口のもとに、ある日、西木奈々恵と名乗る若い女性がやってきた。弟子にしてほしい、という。ところがそれ以降、東口の周囲で不穏な出来事が続き……。

道尾秀介の『笑うハーレキン』(中央公論新社)は、コミカルな場面で始まり、和気藹々としたホームレス仲間たちとの交流が綴られ、物語は明るいテイストで進む。そんな中にある一点の不気味な染みが、東口にしか見えない《疫病神》だ。《疫病神》は、あるときは遠回しに、あるときは直接、東口の痛い部分を突く。はじめは勝手なことを喋っているように思えるし、その姿もさまざまに変化するが、読者は次第に、《疫病神》は東口が押えつけていたもうひとりの自分であることに気づくだろう。

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ハーレキンとは、道化師のことだ。顔に笑顔の化粧をして、人を笑わせる。けれど濃い化粧の下の素顔は見えない。苦痛に歪んでいても、涙を溜めていても、笑顔の仮面をかぶっているのがハーレキンだ。東口は楽しげに暮らしてはいても、自らなりたいと思ってホームレスになったわけではない。望んで妻と別れたわけではない。今の暮らしも悪くないなんて顔をしながら、どこか社会とつながっていたくて毎日図書館に通い、新聞を読む。そんな東口にハーレキンが重なる。だが、その仮面にヒビが入るときがくる。そのとき東口がどうするか、が読みどころだ。

人は誰しも仮面をかぶって生きている。思い出したくない過去に蓋をして明るく振る舞ったり、辛い思いを隠して人に優しくしたりと、笑顔の仮面をかぶる。それは「こうありたい自分」の仮面と言っていい。東口は初め、自分を欺くために仮面をつけていた。けれど次第に今の自分を認めて、肯定して、その上で「こうありたい自分」を見つけ始める。『笑うハーレキン』はそれに気づいたひとりの男の再生の物語であり、笑顔の仮面をつけて日々頑張るあなたへの応援歌なのである。

文=大矢博子

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