母の自殺、虐待、PTSD…“拾った新聞で字を覚えた”セーラー服の歌人・鳥居が、「短歌」で「自殺したい」人を救う

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語』(岩岡千景/KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)

あなたは「鳥居」という歌人をご存じだろうか?

揃えられ主人の帰り待っている飛び降りたこと知らぬ革靴

孤児たちの墓場近くに建っていた魚のすり身加工工場

目の前に立ち上る、静かな「絶望」。痛みと孤独の中で、生にしがみつく小さな悲鳴。そして残る諦観……たった31音という短歌の定型の中に、ナイフで心に傷をつけるようにして圧倒的な一瞬を封じ込めてしまう、鳥居はそんな短歌をよみ続ける歌人だ。

独学で短歌を学んだ彼女は、作歌をはじめてすぐの2012年に全国短歌大会で入選。2013年には掌編小説「エンドレス シュガーレス ホーム」で路上文学賞大賞を受賞するなど社会的評価の高まりとともに、次第にファンを広げている今注目の存在でもある。

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このほど、そんな鳥居の第一歌集『キリンの子 鳥居歌集 』と、その半生を追ったノンフィクション『セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語』(著:岩岡千景)が、KADOKAWA アスキー・メディアワークスから同時刊行されることになった。「鳥居」という希有な存在を受け止める、またとない好機といえるだろう。

実は彼女は、自殺、貧困、虐待、いじめ、不登校、DV、ホームレスなどの現代日本社会が抱えるさまざまな不幸をその生い立ちに抱えた天涯孤独の少女だ。2歳で両親が離婚し、小5の時には目の前で母に自殺され、その後は養護施設でいじめや虐待を受け、満足に食べ物や服も与えられぬまま、ついには不登校に。施設を出てからは、親類からの嫌がらせが止まらずDVシェルターへ避難したり、血のつながりのない人の家を転々としたり、ホームレスを経験した。『セーラー服の歌人 鳥居』のサブタイトルには、「拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語」とあるが、学校に行けなくなってしまったために、養護施設の職員が読み捨てた新聞で文字を独習したのだという。

現実が何もかもいやになった時、彼女が図書館で出会ったのが「短歌」だった。短歌の持つ「孤独のにおい」に自分と同じものを感じ、生きづらい現実を異なる視点でとらえるための「短歌」に惹かれながら、すがるように独学でよむようになった。

慰めに「勉強など」と人は言う その勉強がしたかったのです

干からびたみみずの痛み想像し私の喉は締めつけられる

彼女の歌にこめられた静かな絶叫には、生半可な心の闇を投影したフィクションでは作り出せない凄みがある。ひとつひとつが、凄惨な実体験を必死に真正面から写し取ったような言葉たち。だからこそ圧倒的に強く、読むものの心にするどく突き刺さる。

客観的な視座からその半生を語るノンフィクションとともに待望の第一歌集『キリンの子』でこうした彼女の世界を余すところなく味わえるのは、とても楽しみなことだ。ふたつが同時に刊行されることで、これまで注目されてきたその不幸な生い立ちだけでなく、短歌や芸術に向き合うクリエイターとしての思いや、教育問題に取り組む彼女の真摯な一面もより深く知ることができるだろう。

「亡くなった母や友達、またかつての自分のように“自殺したいと思ってしまった人”を踏みとどまらせるには、力づくで生の側に引き戻そうとするのではなく、その人を取り巻いている『死の世界』とでもいうべき場所まで潜って行って、一緒に戻ってくるという手続きを踏まなければならない」と、彼女は言う。短歌の力を信じる彼女は、「もう一度学校で学び直したい」という願いをこめたセーラー服姿で、重い心の病に苦しみながらも、居場所のなさを抱えた人々に寄り添って「生きづらいなら短歌をよもう」と日々訴える。

真実を映す言葉は強い。その世界に私たちの心はたえられるのか。そして、彼女の発信する言葉をくぐりぬけた後で、私たちは創作と、この世界とどう向き合っていくのか。ついそんな未来も考えてしまう、とても気になる本たちだ。

文=荒井理恵