今の時代に、子どもにナイフで鉛筆を削らせることの意義

社会

公開日:2016/3/4


『刃物と日本人 ナイフが育む生きる力(ヤマケイ新書)』(NPO法人日本エコツーリズムセンター/山と渓谷社)

 今どき、鉛筆を削るのに、ナイフを使う子どもはそうそういないと思う。もし、わが子が好奇心から「ナイフで鉛筆を削ってみたい」と言い出したら、親としてはどうするだろう。「じゃあ、やってみなさい」とナイフを渡せるだろうか。それとも、「きっとケガをするよ」と止めるだろうか。

 かつての日本では、大人は生活のために、子どもは遊びのために、刃物でさまざまな「もの」や「こと」をつくり出していた。しかし、刃物を使った凶悪犯罪が取り沙汰されるたび、刃物に対するイメージは「必要なもの」「便利なもの」から「危険なもの」へと変わってきた。『刃物と日本人 ナイフが育む生きる力(ヤマケイ新書)』(NPO法人日本エコツーリズムセンター/山と渓谷社)によると、イメージの変化は教育現場にも影響を及ぼしており、たとえば小学5年生の図工で使われてきた彫刻刀が、学校によってはケガを恐れて使わせないところもあるとか。美大生ですら、入学時はカッターナイフ以外の刃物はろくに使えないことが珍しくないという。

 いうまでもなく、問題は「刃物」ではなく扱う「人」の側にあるのだが、「刃物があるから危ないことが起こる」という論理が、子どもたちから刃物を遠ざけている。

advertisement

 では、「子どもがナイフで鉛筆を削る」という行為は、なにか意味を持つのだろうか。本書に掲載されている大人の声にあるように、「電動鉛筆削りで削ったほうが勉強時間がすこしでも確保できそう」だし、「今後の社会でナイフを使う仕事が増えるとは考えにくい」。これらの声を踏まえたうえで、本書が「ナイフで削る」ことを推すのは、右手と左手で異なる作業を同時にやるという協応動作が、脳機能に好影響を与えるから。たとえば、高齢者施設では、老化防止のために右手と左手で「同時ジャンケン」をしたり、ボタンの開け閉めをしたりしているそうだ。また、「ナイフで削る」ためには、当然、指の器用さが求められる。指を精密に使えば使うほど神経回路が発達し、脳へのフィードバックが進むと考えられている、という。

「子どもがナイフで鉛筆を削る」ことのメリットは、これにとどまらない。子どもは、大人に「管理」されると、自分で考えて行動する意欲を失う。対して「信頼」されると、積極的にチャレンジをして、失敗を重ねつつもできることを増やし、自信をつけていく。責任を問われる大人側には、事故を起こされずに済む「管理」が好都合だ。しかし、子どもの将来的な成長を望むならば、信頼してやらせてみるという、いわば大人にとっての「覚悟」が必要な場合もありそうだ。

 本書は、折りたたみ式の小刀「肥後守(ひごのかみ)」で鉛筆を削ることにはじまる刃物教育が、危険察知能力の獲得や主体性を高めるといった、子どもにとって根本的に大切なことにつながった小学校の事例を紹介している。人類は、火と刃物を器用に扱うことで、驚異的な進化を遂げた。子どもたちの「これからを生きる力」を養うために、刃物と子ども…ひいては刃物と人の関係について、考えなおしてみるのもいいかもしれない。

文=ルートつつみ