日本人の国民病ともいわれるガン――患者と家族3000人以上と対話してきた著者からのアドバイス

社会

公開日:2016/3/28


『がん哲学外来へようこそ(新潮新書)』(樋野興夫/新潮社)

 「がん哲学外来」をご存じだろうか? 2008年1月に順天堂大学医学部附属順天堂医院で開設され、活動の場が大学の外に広がった「対話の場」だ。一般社団法人がん哲学外来のウェブサイトによると、国内では北海道から九州まで70箇所以上も存在し、ベトナムのハノイにもある。「対話の場」ということで、“カフェ”や“サロン”といった形態をとっている場所が多い。

 この「がん哲学外来」をご存じなかった方にオススメしたいのが、『がん哲学外来へようこそ(新潮新書)』(樋野興夫/新潮社)だ。

 日本では昭和56年から死因の第1位となり、現在では3人に1人が亡くなっており、日本人の国民病ともいわれるガン(厚生労働省)。自分や身近な人がガンに罹患したり、家族や知人をガンで亡くしたりした経験のある人も多いだろう。ガンと一括りにしても、症状や治療期間などは様々。治療期間が長期にわたることも珍しくなく、本人だけではなく周囲の人への影響も計り知れない。

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 そうなってくると、ただ病気の治療をするだけではなく、本人や周囲の人の心のケアも重要だ。しかし、通常の外来では、診察時間が限られており、主治医とは薬の効果を確認したり治療方針を決めたりするのが精一杯で、治療に対する不安や日々の生活、人間関係の悩みを打ち明けるのは難しいのが現実。そこで、そのような不安や悩みを打ち明けられるのが「がん哲学外来」なのだ。

 本書では、「がん哲学外来」を提唱し、3000人以上の患者と家族との面談を行ってきた著者が、具体的な相談例を挙げながら、様々な悩みに向き合い、今より少し気持ちがラクに前向きになるようなアドバイスをしてくれている。

 著者によれば、ガンになるということは、うつ症状が出てもおかしくないほどの一大事だということを認識することが大切だそう。怖さや不安で混乱し、気持ちの整理をつけるのが難しいこともある。そんな場合でも、事実を受け止めながら、可能な限りは自分の好きなことや仕事をすることが推奨されている。

 さらに本書では、ガンよりも悩ましいのは人間関係だとも指摘。ガンになると感情のひだが繊細になるため、元々存在した家族間の問題などが顕著になるのだ。健康で忙しかった時には表面化しなかった問題が、ガンになり色々なことを考える過程で噴出し、人間関係がギクシャクしてしまうこともある。そんな時は、ありのままの状態を受け入れ、お互いが苦痛に感じないようにすることが大切。家族の誰かがガンになった時に、家族がどのように向き合い、毎日の生活でどのくらい話し合うかによって、悩みの程度や内容も変わってくるそうだ。

 ちなみに、「がん哲学外来」の相談料は無料。これは提唱者である著者が開設当初から貫いてきた方針だ。理由は、相談者が喫茶店にでもいるような感覚で、お茶を飲みながらリラックスして話せるようにするため。大学病院のセカンドオピニオン外来は保険の適用外であり、それなりの料金がかかるため、その分ハードルも高くなる。そんな中で、“ひとつくらい違う場所があってもいいじゃないか”というのが、著者の考えだった。結果として、無料を貫いたおかげで現在の活動につながった。

「がん哲学外来」に行くことで、ガンそのものが治るわけではないが、大切なのは、その状況と向き合いながらどうやって生きていくのかを考えること。簡単なことではないが、自分や身近な人が悩みを抱えている時には、ぜひ本書を手に取ってみてほしい。興味がある方は、各地の「がん哲学外来」や体験者のメッセージなどを、ウェブサイトでチェックしてみるのもいいかもしれない。少しでも前向きになれるヒントが見つかれば何よりだ。

文=松澤友子