「正直キャプテンにはなりたくはなかった」阪神タイガース・鳥谷敬はやっぱり天才だった!―野球観・人生観を語る

スポーツ

更新日:2016/4/1


『キャプテンシー』(鳥谷敬/KADOKAWA)

 思えばあの頃から闘志を内に秘める選手だった。1998年の西埼玉大会準決勝。聖望学園vs.滑川の試合。リードを許した聖望学園は、背番号6をつけた幼さの残る2年生投手がマウンドに登っていた。顔は幼いがムードは不敵でポーカーフェイス。一目で気の強さとセンスのよさが伝わってくるユニホーム姿に「運動能力が高いから内野だけどピッチャーもやっているんだろなぁ」と思ったものである。それが現在、阪神タイガース、不動のショート・鳥谷敬であった。この試合、鳥谷の聖望学園は敗れるも、翌年、見事に雪辱して甲子園初出場。鳥谷は好守好打の遊撃手兼速球派の投手として活躍した。

 当時から派手なパフォーマンスも大言壮語もせず、淡々と、しかし高いレベルで自分の仕事をするプレースタイルが印象的だった。それはプロ入りし、人気球団・阪神の中心選手となっても、変わらなかった。故に現在まで継続しているプロ野球史上3位の連続試合出場記録や3年連続6回目のベストナインなど十分な実績を挙げているのにもかかわらず「覇気がない」「気持ちをもっと出してほしい」といった苦言もされてきた。要は「もっとリーダーとしてチームを引っ張ってほしい」ということである。

 そんな鳥谷に「全部ダメだ!」「変われ!」と活を入れたのが今季より阪神の指揮を執る金本知憲新監督。2012年から野手キャプテン、2013年からチームキャプテンを務めるも、優勝を逃してきた鳥谷を、「チーム不振のやり玉」に挙げたわけである。しかし、それは期待の裏返し。金本監督は「おまえが先頭に立って、牽引しないとチームは変わらない」と再び鳥谷をキャプテンに指名する。

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 果たして鳥谷は「変わる」のか? 野球ファンであれば気になるところだが、そんな決意のシーズンの前に本人の著書が刊行された。タイトルはまさかの『キャプテンシー』(KADOKAWA)。鳥谷は「変わる」決意をしたのだろうか。

 その期待は「はじめに」で肩すかしをくらう。本人が「正直に打ち明ければ、キャプテンにはなりたくはなかった」と告白しているのだ。しかし、金本監督の言葉を受け「『変われ』――その言葉を、僕はあらためてかみしめた」とも吐露している。そう、この本は「覚醒した鳥谷を伝える」というよりも、「鳥谷が覚醒しようと自己を振り返り、考える」一冊という趣が強い。その象徴が第一章のタイトル「『覇気がない』と言われ続けて」。

 当然ながら、鳥谷は自分に対する苦言を知らなかったわけではない。それでもプレースタイルを保ち続けたのはなぜなのか、自分の考え、野球観を隠すことなく述べている。以降も「『二番手』の誇り」「野球は仕事。だからがんばれる」と、「覇気がない」「気持ちをもっと出してほしい」と苦言を呈してきた人の気持ちを逆撫でしそうな章タイトルのもと、鳥谷のプロ野球選手としてのこだわりや高い自己管理意識、入念な準備について細かく語られる。特に「感情を表に出さない」理由については、彼が野球の試合、プレーをどう考えているかが強く感じられ、「成績を残して当然」とある種の凄みも感じるほどだ。

 では、結局、鳥谷は変わらないのか? いや、鳥谷は自分の野球観、野球人生を振り返りながら、やがて自らが考える「理想のキャプテン像」に行き着く。それは……なんとも鳥谷らしい結論だった。詳しくは本書を読んでいただきたいが、「らしい」一節をひとつ挙げると「でも、ほんとうは僕が話題になるようではダメなのだ」。変われ! 牽引しろ! と言われながらも、こう述べる鳥谷の真意やいかに。

 蛇足ながら、ファンであれば彼が語る「メジャー移籍断念の心境」や「ドラフトで阪神を選んだ理由」「WBC、盗塁の裏付け」なども、主題とは別に十分興味深いだろう。また、「天才ではなかったアマチュア時代」という章タイトルをつけておきながら「冬を越えたあたりから突然打てるようになった。(中略)打てるようになった理由は、いまだわからない。」(高校時代、バッティングは誰からも教わらなかったとのこと)、「率直に言って、大学には『すごいな、かなわないな』という選手はいなかった。」(ちなみに同期の野手はマリナーズの青木など鳥谷の他に3人がプロ入り)などと、随所でさりげなく天才ぶりが披露されるのもたまらなかった。

 これまであまり語れることなかった阪神の生え抜きスターの素顔を、心ゆくまで堪能してほしい。

文=田澤健一郎