日本人が「イスラーム」を理解する必要はないのか? イスラーム法学者・中田考氏に聞いた

政治

公開日:2016/4/6


『非道とグローバリズム』(中田考、和田秀樹/ブックマン社)
『非道とグローバリズム』(中田考、和田秀樹/ブックマン社)

 3月17日、フリージャーナリストの安田純平さんがシリアで拘束されているというニュースが報道された。アルカイダ系のヌスラ戦線に拘束されている安田さんが、英語で「私の42年の人生はおおむね良いものでした。この8年間はとても楽しかったです」などと語った動画が、この前日にFacebook上に掲載されたことで発覚した。

 2015年1月にも、日本人2名がシリアでIS(イスラーム国)に拘束されている。この時、1人の男性が外国人特派員協会で「日本の人々に対して、イスラーム国が考えていることを説明し、こちらから新たな提案をおこないたい。(略)もし交渉ができるようであれば、私自身、行く用意があります」と声をあげた。髭を伸ばし、いかにも怪しい風貌の彼は「ハサン」というムスリム名を持つ、イスラーム法学者の中田 考さんだった。ムスリムとはイスラーム教徒のことで、同志社大学神学部教授や日本ムスリム協会理事を歴任してきた中田さんは、日本人の中でもっともイスラームに近い場所にいるのは間違いない。しかし日本政府は、彼の言葉をスルーした。のちの悲劇は、ここに書くまでもないだろう。

 そんな中田さんと、精神科医の和田秀樹さんによる『非道とグローバリズム』(ブックマン社)が刊行された。2人は小学校時代からの「塾トモ」で、ともに灘高校から東大に進学している。長らく疎遠にしていたが、中田さんがISに戦闘員を送り込むリクルーターだと疑われ、「私戦予備及び陰謀罪」という容疑をかけられ孤立していたところ、和田さんがブログで擁護したことで再会を果たした。それを機に生まれた同書は2人の対談形式でテロから宗教、グローバリズムによる「拝金教」や、中田さんの「私がムスリムになった理由」までが縦横無尽に語られている。そこで今回は中田さんに、「日本人がイスラームを理解するには?」について伺った。

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中田 考さん

――昨年末、パリで連続テロ事件が起きました。日本も集団的自衛権の行使容認をしたことで、「今後ISのテロの標的になるのでは?」という意見がありますが……。

「私は日本の優先順位は低いと思います。なぜならイスラーム諸国から地理的にも遠いし、ISと対立しているロシアやイスラーム教徒のウイグル族を弾圧している中国、アメリカやヨーロッパ諸国などの方がよほど危ないからです。今後、戦闘地域で自衛隊員が巻き込まれる可能性は出てきましたが、国の存亡に関わるようなことにはならないと思います」

――ニュースではISの残虐性がクローズアップされているせいか、イスラーム教と聞くと「首切り処刑」「自爆テロ」などのネガティブなイメージが湧いてしまいます。

「日本のニュースだけを見ていたら、イスラーム教は悪い宗教だと思っても仕方がないかもしれません。しかしすべてのムスリムが自由に教えを守って生きることができていたら、そもそもISは生まれていません。西欧諸国がイスラーム諸国内での人民弾圧に力を貸したことで、ISが生まれた背景があるのです。そこまで見ないと、イスラームを語ることはとても難しい。
 私はずっと、カリフ制の再興を唱えています。カリフとはアッラーの使徒(ムハンマド)の代理人で、最高政治指導者の称号のこと。ですがカリフはあくまで預言者の代理で、ムスリムは預言者がもたらした法の『シャリーア』に従うことになっています。カリフ制は1924年まで続いていましたが、オスマン帝国の滅亡とともに分散して世俗化しました。私はカリフ制を再興すれば、もともとムスリムが持っていた、互助の精神を取り戻すことができると考えています。イスラームは『シャリーア』に従うものですが、生活のすべてがシャリーアで占められている人なんていません。せいぜい食べ物を選ぶときに意識する程度ですよ。ISのメンバーにも日常生活があるのだから、毎日ジハードについて考えているはずもない(苦笑)。本来、一般の信徒の意識なんてその程度のものなんです」

――カリフ制が実質的に解体されたことで、「シャリーアを都合よく解釈してムスリム」が生まれたのだとしたら、彼らはなぜ暴走するのでしょうか?

「たとえば日本に一番多い外国籍は韓国・朝鮮人ですが、それでも50万人程度で人口の1%にもなりませんよね? 人口が6600万人のフランスには2010年の時点でムスリムが470万人も住んでいて、彼らがフランス文化を受け入れれば、フランス人とみなします。でも選挙権はあっても自分たちの代表は国政にはいないし、結局は差別があるので、その理不尽さを味わっているうちにルーツに固執するようになる。ヨーロッパの欺瞞に気づく者の中には、ISの理念にひかれる者も出てきておかしくありません。

 私もISがいいとは思っていませんが、彼らを滅ぼしても新たな脅威が生まれるだけだし、シリア難民も、ロシアやイランから支持を受けているアサド政権が続く限り自国に戻ることはありません。そもそも難民は、アメリカなどの有志連合による空爆があるから生まれているのです。そういったことは日本ではあまり伝えられないから、欧米の価値観に流されるのは当然かもしれません。しかし首切り処刑の映像を見て残虐だと思った人は多いと思いますが、あれは苦しまないために首を選んで切るのだし、一度にたくさんはできないから効率が悪いんですよ。テロで100人が死ぬと世界が騒ぎますが、空爆でその何十倍ものシリア人が亡くなっています。いったいどちらが残酷で、なにをもって暴走とするのか。それを一度、自分自身で考えてほしいと思います」

――人口比は少ないとはいえ、やはりイスラームの存在を日本も無視することはできなくなってきたと思います。彼らを理解する方法はありますか?

「日本人はイスラームを理解できなくても、困ることはないと思います。学問としてのイスラームは知識を積み上げていく必要があるので、学ぼうと思ったら相応の覚悟がいりますし……。基本的なこととしては、興味があるならトルコやエジプトなどの観光地でもいいから、イスラーム圏に行ってみることです。最初の一歩ぐらいは見えてくるし、ムスリムだって普通の人間で、普通の暮らしがあることがわかりますから。それがわからないうちは、理解するのは難しいと思います。とはいえ『ハディース』(預言者ムハンマドの言行を、弟子たちが書き留めたもの。ハディースとクルアーン(コーラン)の総体が、先ほどの『シャリーア』になる)にも『あなたを悩ませる、あなたにとって問題になること以外は関わらない』という教えがあるように、関係ないことにはくちばしをはさまないことです。でもそれは『目の前で難民が倒れていても、自分には関係がないから無視しろ』ということではありません。イスラームの教えでは、見知らぬ他人でも目にはいった弱者は助ける義務が生じますから、『関係ない者』ではないからです。自分が実際に助けに行きもしない者については口を出す資格はないので、自分が助けるべき者をどう助けるかだけを考えろということです。そして助けるとしても、プライバシーには介入しない。そしてわからないことに正誤をつけて、無理やり判断しないことです。
 そもそも国家自体が虚構であり、神ではなく国家の名に隠れて人間が法を作って他人を支配すること自体が、イスラーム的には間違っているんです。そう考えると、すべての国家が犯罪をおかしているのです。国家の作った法自体が不正なのですから、その法の支配が活きている日本だって、間違っている。イスラームを論じる前にまずは、自分たちの間違いに気づかないと。そして日本を世界の中心に置くのではなく、徹底的に相対化して考えること。そうすることで日本人も、イスラームの在り方が少し見えてくるかもしれません」

 3月22日にはベルギーでも空港と地下鉄で連続テロ事件が起き、34名が死亡して日本人も2名が重軽傷を負っている。このテロに対しては、ISはインターネット上に犯行声明を公開している。安田さんのその後はまだ伝わってこない。そして23日には日本人男性がISに加わろうとして、トルコで身柄を拘束される事件も起きた。

 イスラームはもはや、日本にとって無視できる存在ではない。だから「理解できなくてもいい」と中田さんは言っていたけれど、それでもやはり、理解したいと思ってしまう。

 そのためにあえて日本や欧米のメディアから少しの間、離れてみる。イスラームをリアルに知る中田さんの言葉に触れてみる。そうすることでイスラームとの距離が、少しずつ縮まっていくのかもしれない。

文=朴 順梨