『人生をいじくり回してはいけない』。水木しげるが語る鬼太郎秘話、戦争体験、幸せになる方法

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15


『人生をいじくり回してはいけない(ちくま文庫)』(水木しげる/筑摩書房)

突然ではあるが、私は平成生まれだ。水木先生から見れば若僧だろう。そんな私が『人生をいじくり回してはいけない(ちくま文庫)』(水木しげる/筑摩書房)を読んだ。素直に感想を言うなら、「難しかった」ということだ。「なんと無責任な」と思われるかもしれないが、それくらい水木先生の人生観がつまっていた。

本書は、水木先生のエッセイ・インタビューのうち、主に人生をテーマにしたものを集めた一冊である。つまり「集めた」一冊というだけあって、全く同じ話が違う書き方で載っているところもある。しかし、そのくらい大切なことが、伝えたいことが、手を変え品を変え、何度も繰り返し書かれている、ともとれるのだ。

本書の内容を大きく分けると4つだ。「水木しげるの過去」「戦争」「化け物」「人生観」についてたっぷりと書かれている。よく考えてみると、『ゲゲゲの鬼太郎』については知っていても、水木先生の過去についてはあまり知らない。作品を知ると作者を知った気になるのは大きな盲点である。なので、私は水木先生が片腕を失くしていたことを知らなかった。これは大説教にあたることだろうが、実際にそんな方も多いはずだ。「知った気になっている」ということは誰にでも起きる話で、気づかせてもらわないとなかなか気づけない。本書を読むと色々なことを考えさせられる。「こんな生き方ではいかん」「もっと人生を考えないと」という風に、自然と頭を使うようになるのだ。さすが水木先生。これで片腕を失ったことを知らなかった罪はチャラにしてほしい。

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戦争についての記述は非常に多い。そのくらい悲惨なもので、記憶として脳に強烈に焼き付いていたのだろう。確かに、上官から嵐を受けるように殴られた話、片腕を失くして麻酔なしで執刀された話、後ろから敵に武器で追い回された話、他にも様々な悲惨な話が延々と繰り返される。ところが、暗い記述がずっと続くと思えばそうでもなく、水木先生はかなりの変わり者で、マイペースな人物だったらしい。そのため、上官から相当いじめられたらしいが、その変わり者とマイペースの具合が度を超こしていたので、ついには上官も見逃すことが多くなったとか。点呼に遅刻しそうになったら周りが間に合うように世話をしたり、作業をなまけていても見て見ぬふりをしたり、本書を読むにつれて水木先生の奔放さが伝わってくる。漫画の主人公のようだ。オウムに見とれて生き延びた話も、ラッパが吹けなくて南の戦地に飛ばされた話も、まるで運命が働いているかのように思えてならない。それでも、赤紙が届いた話や上官が村の少女を連れ込んで自殺させた話は戦争の生々しさを感じさせ、筆を進める水木先生の暗い表情が浮かぶ。

戦争の話に次いで、化け物についての記述も多い。隙あらば化け物の話といった具合だ。水木先生は、化け物は実在すると言い切っている。それは、水木先生が人一倍化け物を信じていて、人一倍感じやすいところが関係しているのかもしれない。実在する根拠やその体験談は、ネタバラシをすると面白くなくなるので、ぜひ本書をチェックしてほしい。しかし、そんな水木先生も晩年は化け物を感じる力が弱くなったとか。それは現代が明るすぎるせいだ。化け物は暗い場所で現れるものである。江戸時代の行灯はちょうど良く、人々にそれを感じさせる雰囲気を醸し出せる代物だったとか。反対に、現代は照明のせいで夜も明るい。これでは化け物も、出たくても出られないし、人々もそれを感じる力が薄れてしまうそう。

最後に、水木先生が心を奪われた人たちの話に触れたい。それは土人(本書の表記に従う)との出会いだ。水木先生は戦争中に彼らと出会ったそうだ。その何もないが、幸せな生活に心を奪われたという。何回も彼らの話が登場する。それくらい「幸せ」や「人生」を彼らの生活に見出したのだろう。この部分が平成生まれの私には難しかった。何もないが、働きもせず、毎日やりたいことをやって寝ている。それが素晴らしいと説いているのだ。その点、現代人は豊かになり、金さえあれば何でも手に入るようになった。しかしだからこそ、あらゆるものを求め、あくせく働き、金に無心する。それでは働くために生きているようだ。だから、たいていの人間は幸福ではないと理解し、あきらめ、のんびり暮らしなさいと述べている。およそ80年以上も生きないと至らない達観した考え方だろう。生まれて20余年の私は、まだ若僧でいいと思ってしまった。

人間は自分自身と対話をして、人としての理解を深める。水木先生の人生は、私にはあまりに重く濃密で、理解に至らないところが多かったに違いない。しかし本書は、人としての厚みを増す第一歩となったように思う。分からないことがあることに気づかないと、そこから成長はできない。分からないことがあることを知るということが、全ての始まりなのである。

文=いのうえゆきひろ