駅やコンビニでキレるおじさんが増えた理由とは? 中高年の心の闇に迫る

社会

公開日:2016/4/28


『中高年がキレる理由(平凡社新書)』(榎本博明/平凡社)

 4月16日、63歳の会社員が東京メトロ千代田線の車内で、つり革を引きちぎったとして逮捕された。えーそんなに簡単にちぎれるもの? 犯人は巨漢か筋骨隆々? そう思ったけれどニュースで見る限り、容疑者はどこにでもいそうな体型の60代男性だった。

 本人は「電車は混雑して立ちっぱなしで疲れていた。鉄道会社を困らせようと思った」と供述していたけれど、つり革を引きちぎれば千代田線は100両に増えるというのか。沿線の住民が激減するというのか。冷静に考えればすぐにわかることなのに、自分の感情を優先させてしまい、結果誰かや何かにキレる中高年は後を絶たない。ちなみに全国のJRや私鉄などの鉄道事業者が発表しているデータによると、駅構内や車内における2014年度の暴力行為は800件で、その6割は中高年によるものだそうだ。

「キレる」といえば若者と思われていたのに、作家の藤原智美さんが『暴走老人!』(新潮社)という本を発表した2007年頃から、中高年の暴走が取りざたされるようになった。それから約10年、なぜおっさんやおばさんの怒りは、今なおとどまることを知らないのだろうか……? 

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 心理学博士の榎本博明さんは『中高年がキレる理由(平凡社新書)』(榎本博明/平凡社)のなかで、彼らには「こんなはずじゃなかった」という思いがあることを挙げている。「仕事で自己実現」とか「好きを仕事に」などの言葉は、今では当たり前のように使われている。しかし、

いまの中高年が就職した頃は、そんな発想はあまりなかった。働くのは生活のため、生きていくための経済力を得るためであり、どこでもいいから就職する、潰れそうもない会社に入れればといいという感じだった

 から、「仕事で輝きたい!」などと言っている若者に反発を覚える。一方で、

いつの間にか時代の風潮の影響を受け、自己実現とはほど遠い生活をしている自分がみじめに思えてくることがある

 のが、現代の中高年の傾向なのだそうだ。

 しかし敵は若者のみにあらず。これまでの会社組織は終身雇用や年功序列が保証されていたからこそ、彼らは意に沿わない仕事でも黙々と働いてきた。「将来報われるから」と、私生活を犠牲にしてサービス残業も休日出勤もこなしてきた。だが今では企業の倒産が相次ぎ、リストラや賃金カットは「明日は我が身」。自分より上の世代はしっかり退職金をもらって、悠々自適の老後を送っているのに……。そんな不公平感も、彼らにとってはストレスになっていると榎本さんは分析する。

 そしてこの20年の間に急速に進んだIT技術も、解放されないストレスを生み出している。ひと昔前なら外回りをして時間が余ったら、映画を見ようが喫茶店に行こうが、バレることはそうそうなかった。だが今や携帯電話があるおかげでしょっちゅう連絡が入るし、下手すりゃ居場所もわかってしまう。これでは自由も解放感もあったものではない。挙句の果てには、

時代の流れについていっており、新しい技術にもすぐ適応できる若い世代の方が有能で、古いことはよく知っていても、新しい技術になかなか適応できない年輩者は使えないというような価値観が広まっていった。

「昔は」とか「俺たちの頃は」なんて話は一切通用しない。滅私奉公で頑張ってきたのに認められていない。惨めな彼らは何かの衝動に身を任せ、キレてしまうのだ。

 うーん……。「生きづらさ」を抱えているのは今や全世代に共通していることなので、そうはいってもなあ、と思ってしまうところもある。

 とはいえ榎本さんは「中高年の心の闇」を理解するためにこの本をまとめたとは書いているものの、「こんなはずじゃなかった世代なんだから、ほかの世代がちゃんとケアをすべき!」とはしておらず、最終章では「心の裂け目から突然噴出してくる衝動に振り回されないように、タフな心を保つためのコツ」を紹介している。それは、

・上から目線で子どもじみた上役を冷めた目でみながら、部下という役割に徹して丁重な応答をする「役割に徹する」

・イラッっときたり、ムカッとしたときは、すぐに行動せず「ひと呼吸置く」

・「たいしたことじゃない」「大丈夫、落ち着こう」など、怒りの衝動を鎮めるような「セルフトークを身につける」

・「ネガティブな思いの反芻グセを直す」

 といったもので、「若さが失われていくのではなく、年輪が増えていくと考えればいい。肉体的な衰えと反比例して、精神的な内面は充実していくのだと考えたい」という五木寛之氏の言葉を引用しながら、「成熟の価値に気づくこと」の大事さについて触れている。これらのことを「前もって知っておくことで、いざというときに効果的に対処できるだろう」と、榎本さんは結んでいる。

 今青春真っ盛りの若者でも、いつかは必ず年を取る。だからこれらのことを覚えておいてソンはないと思う。だがここにある対処法は世代を問わず「ムカッときた時」に使えるものでもあるので、できれば中高年ならではのキレを抑える「何か」が欲しかった。v

 そしてこの本でキレている中高年は、「企業勤めを経験している現役&元サラリーマン男性」の事例ばかりなので、自営業や主婦など、それ以外の例も欲しかった。だってお金にも人脈にも事欠かない社長だって有名人だって、最近はささいなことですぐキレているから。かつてニュースを騒がせた、「引っ越し! さっさと引っ越し!」と大声でがなり立ててご近所トラブルを起こした還暦女性は記憶に新しいし、先日は混雑したバス内で、ベビーカーをたためずにいた子連れの女性に、高齢の白人男性が英語で延々文句を言っているのを私自身が目撃している。

 キレる中高年は、決してサラリーマンの悲哀が生み出した現象ではない。すべてのおっさん&おばさんの「キレ」を抑える何かを、次回はぜひ教えてほしいと思う。

文=玖保樹 鈴