『サザエさん』の長谷川町子が童話の挿絵を描いていた!幻の作品群に触れられるチャンス到来!!

マンガ

公開日:2016/5/19


『長谷川町子の漫畫大會: 町子・戦中の仕事』(長谷川町子/小学館)

 現在、テレビ放送されている連続アニメで最長寿の番組をご存じだろうか。そう、誰もが思い浮かべるであろうあの作品──『サザエさん』である。1969年に放送が開始され、2016年現在で47年目となる、まさに国民的アニメだ。そしてこのアニメの原作となるのは新聞に掲載された4コマ漫画で、作者は長谷川町子氏。連載開始が1946年で、本年をもって生誕70年を迎える。

 その記念イヤーにふさわしい書籍が発売された。それが『長谷川町子の漫畫大會: 町子・戦中の仕事』(長谷川町子/小学館)である。実はこれまで『サザエさん』以前の時代において、小学館での町子氏の作品はほとんど確認されていなかった。しかし小学館の資料室を調べたところ、1939年から1943年にかけて描かれた数々の作品が発見されたのである。その幻ともいうべき作品、約100点を厳選して掲載したものが本書だ。

 巻頭に来るのは「かんちがひ」という作品。「勘違い」をテーマにした5コマの漫画で、畑にまく水を頼んだらコップで水を持ってきて、薬を飲もうと水を頼めばバケツで持ってくるという内容だ。実はコレ、全く同じネタの作品が『サザエさん』にも存在するのだ。このように収録作品には『サザエさん』の原点ともいえるような部分が多い。児童向け雑誌に掲載されたものが多いので登場人物は子供が中心だが、そのほとんどは兄弟姉妹で描かれている。もちろん「カツオ」っぽい坊主頭の男児も出てくるし、「ワカメ」のようなおかっぱ頭の女児の姿も。さらに「裏のおじいさん」に似た白ひげの老人は「ほがらかおぢいさん」に登場する。また名前でも「タラオ」っぽい「タラウ」くんの存在。『サザエさん』のキャラクター名は海関係が由来であるし、「タラウ」も旧かなづかいで現代語にすれば「太郎」ではある。それでもなんとなく関係性を感じてしまうのは、意識しすぎだろうか。

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 このように町子氏といえば『サザエさん』のような漫画を連想するのだが、本書ではそれ以外の実に多彩な仕事を目にすることができる。中でも非常に興味深いのが、童話の挿絵。最近『蜜のあわれ』が映画化され話題となった室生犀星の「クヂラトクラゲノオハナシ」という童話に、なんと氏が挿絵を描いていたのだ。他にも村岡花子翻訳『カンタベリー物語』などの世界名作童話にもイラストを提供。タッチも漫画のものとは異なり、別の一面を感じることができる。長谷川町子美術館の館長・川口淳二氏によれば町子氏は童話作家になりたかったそうで、そういう想いはこの頃に育まれたのかもしれない。

 また町子氏を語る上において、姉・毬子氏の存在は欠かせない。毬子氏は町子氏が『サザエさん』の連載を始めると同時にそれを出版する会社・姉妹社を創立。陰から妹を支え続けた人である。そんな氏だが、若い頃は画家を目指し画塾にも通っていたという。彼女の描いたイラストも本書には掲載されており、その精緻な描写に驚かされる。こと絵の才能に関しては、姉妹揃って恵まれていたといえそうだ。

 今回、幻の作品が発掘されたことによって、町子氏の知られざる多くの面にスポットライトを当てることができたはずだ。旧かなづかいで若干読みにくい部分はあるが、それを感じさせない魅力が各作品に溢れている。この一冊の持つ価値は資料的な側面だけでなく、『サザエさん』という作品が稀有なる才能から生み出されたことを認識できるという意味でも貴重といえるだろう。

文=木谷誠