動物も自傷行為をする? ヒトと動物の意外な共通点とは? 新たな医療の領域「ズービキティ」

社会

公開日:2016/5/25


『人間と動物の病気を一緒にみる: 医療を変える汎動物学の発想』(バーバラ・N・ホロウィッツ、キャスリン・バウアーズ:著、土屋晶子:訳/インターシフト)

 リストカットなどの自傷行為というと、痛々しい気持ちの表れ、または病んだストレス解消法といったイメージがある。これは、脳の発達した生命体である人間のみの行為だと思われてきた。ところが、人間以外の動物でも、リストカットではないものの、自傷行為を行うことが徐々に知られるようになってきた。さらには、鬱、拒食と過食、がん、肥満など、動物に現れる症状には、人間と同じものがたくさんあるという。『人間と動物の病気を一緒にみる: 医療を変える汎動物学の発想』(バーバラ・N・ホロウィッツ、キャスリン・バウアーズ:著、土屋晶子:訳/インターシフト)から、その一部を紹介したい。

 動物の自傷行為とは、具体的にいうと次のようなものだ。鳥が自ら毛をくちばしで引き抜く、ネコが体の同じ部位を執拗に舐めて部分脱毛、いわゆる十円玉ハゲ状態になる、イヌが取り憑かれたように自分の尻尾を噛み続けるなど。これらは、人間のリストカットと同じく、自分の身体に害になる行為なのに、自分の意志ではやめられない。動物は通常でも、体から寄生虫を取り除くためにグルーミングを行っており、彼らは、この行為を気持ちのよいものと認識している。何かのきっかけで気持ちよさの虜になったものが、ストレス解消目的やより強い快感を求めて、過剰なグルーミングを行い、自分を傷つけてしまうことがあるのだ。

 さらに、次のような症状があることにも驚かされる。摂食障害だ。ストレスによるむちゃ食い、隠れ食いなどである。養豚場のブタにおいては、拒食による餓死も発生している。品種改良で生み出された脂肪分の少ない雌ブタの中に、自ら食を断って死亡してしまうものがいるのだ。もっともこちらの原因は、人間が遺伝子操作を行ってヘルシーなブタを開発したことにある。赤身の多い豚同士の掛け合わせにより、不食という、生命にとっては負の遺伝子が発現してしまったようだ。

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 このように人間と動物が同じ症状に苦しんでいるのだから、人間と動物の医師もお互いに手を取り合おうという試みが、今アメリカを中心に始まっている。これを「ズービキティ(Zoobiquity)」といい、訳語は「汎動物学」だ。今年2016年、FOXがこのズービキティを題材にしたテレビドラマの制作を発表した。本書は、このドラマの元にもなっている。

 数年前まで、日本を含めた世界中で、(ヒトを担当する)医師と獣医師が、研究成果や現場での体験を語り合い情報交換をする機会はまったくといっていいほどなかった。獣医師の中には、ヒトを研究対象にした医療論文を読んでいる人はいる。しかし、大学病院に勤める医師が獣医学会の論文を読んでいるという話はあまり聞かない。それは、ヒトの医者のほうが、動物の医者より社会的地位が高いという意識の表れだろうか。たとえそのつもりはなかったとしても、彼らはお互いに別業界の人間だと思っているだろう。この意識の壁、種の壁を取り払い、お互いの情報共有と種を超えた見方の診療を行おうとする「ズービキティ」。これまで原因や治療法がはっきりしていなかった症状に対して、真の原因を突き止めるなど、新たなアプローチを取ることが期待されている。

 例えば、1999年の夏、ニューヨーク市内で大量のカラスが死んでいるのが発見されたことがあった。その数週間後、ブロンクス動物園の鳥がばたばたと倒れ始め、市内と近辺の病院では年配の人々の数名に脳炎の症状が確認された。米国疾病予防管理センターはセントルイス脳炎と発表したがこれは誤りで、実際の原因はフラビウイルス(黄熱病やデング熱を発症させるウイルスの仲間)に属するものだった。この発見は、ブロンクス動物園に勤めるひとりの獣医師の賜物だ。

 このように、医学発展への貢献が期待される「ズービキティ」。ダーウィンの進化論以来、人間が頂点に立つ縦の序列であった生物界のイメージを、横に広がるものに変えるのではないかともいわれる。さて、人間も動物も同じ地球上の生き物だと認識させられたところで、ひとつ哲学的な問いが浮かんではこないだろうか。“人間とは何か?” 確かに地球上の生命体であるが、それだけなのだろうか。あなたなら、どう答えるだろうか。

文=奥みんす