本当に「世界を変える人材」を輩出できるのか? 前代未聞の学校「ISAK」を作った女性を追った

社会

更新日:2016/6/2


『茶色のシマウマ、世界を変える 日本初の全寮制インターナショナル高校ISAKをつくった 小林りんの物語』(石川拓治/ダイヤモンド社)

 まるで現代に舞い降りたジャンヌ・ダルク──?! そんな印象を受けたのが、『茶色のシマウマ、世界を変える 日本初の全寮制インターナショナル高校ISAKをつくった 小林りんの物語』(石川拓治/ダイヤモンド社)の主人公、小林りん氏(41歳)だ。

 もちろん彼女が手にするのは武器ではなく、「世界を変えたい」という大志、その実現のために壁にぶつかっていく勇気、そして人々を巻き込む情熱である。

 2014年8月、長野県軽井沢町にISAK(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢)という革新的な高校が誕生した。奨学金制度により世界中の生徒に門戸を開放し、全寮制で人々の多様性も学ぶインターナショナルスクールであり、大学受験資格のある正式な日本の高校だ。こうした例外的な学校を日本でつくるのは、法人でさえ難しいという。

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 著者は、本書で度々、奇跡という言葉を使う。それほどに、ISAK誕生までの道のりには、無数の大きな壁があった。それを小林氏(ISAK発起人兼代表理事)は、多くの有能な協力者を巻き込み、有志の素人チームにより6年がかりで開校を実現させる。そんなISAKは現在、国際的にも注目されている高校だが、本書はその宣伝本ではない。

 前半部では、小学生の頃より「世界のために役立ちたい」と夢見た稀有な少女が、どう成長して自分の天命(天からの命令、人生でなすべきこと)を知るかを描く。そして後半部では、その天命を果たすために、いかに人々を共感させ、大きな障害をいくつも越えたかを描いたヒューマンドラマだ。

「世界の悲惨と不条理を見るにつけ、思わず涙するような小学生だった」という小林氏。日本の教育システムになじめない茶色のシマウマ(異端児の意)で、高校2年からカナダに留学し挫折も経験するが、18歳の時には、「自分には使命がある」と気づいていたと著者は綴る。

思い上がっていると思われるから誰にも言わなかったけれど、彼女には物心ついた頃からひとつの確信があった。
それは、なにか大きな使命があるという確信だ。
その使命がどんなものか、この時のりんにはまだわかっていない。

 33歳になった2007年、ユニセフ職員としてフィリピンのスラム街のために働いていた小林氏は、その使命と出会う。投資会社経営者の谷家 衛氏(ISAK発起人のひとり)から、「一緒に学校つくる気はない?」「あなたはこの仕事のために生れてきたような人だと思う」とスカウトされるのだ。そして思案の末、2008年より「世界を変えたい」という大志を実現させるための学校づくりを本格始動させる。

 本稿冒頭で、天啓により従軍したジャンヌ・ダルクを引き合いにしたのは、小林氏も学校づくりを天命と考えたこと、そして、チームを鼓舞する才能に長けていたことも共通するからだ。

 第一子を懐妊しながらの小林氏の奮闘努力に加え、彼女の情熱に共感して集まる多くの協力者にして無私の人々の存在は感動的だ。というのも、設立準備資金をリーマンショックの影響で失い、2011年までの3年余りは皆ボランティアでこのプロジェクトを支えたのである。同時に、東日本大震災などを乗り越えながら、数十億もの寄付金集めをゼロから行うという、チームにとって最大の壁も立ちはだかる。

「ブルドーザーのような人って言ったら、りんちゃんに怒られるかな。だけど、彼女はそんな感じだった。目の前にどうしても越えられない壁があるとするでしょう。普通の人なら、その障害をどう避けて進むかを考える。だけど、彼女は違うんですよね。そのまんまブルドーザーのように真っすぐ進んで、その壁を突き崩してしまうんです」

 これは共同発起人、谷家氏の言葉だ。小林氏の確固たる意志と情熱が、チームだけでなく、寄付金提供者、行政担当者や海外教師陣など多くの関係者たちを共感させ、協力者でさえ「実現は無理だろう」と思った学校づくりは完成の日を迎える。

 しかし開校はまだスタートラインだ。ISAKの目標は「チェンジメーカー育成」である。チェンジメーカーとは、「社会のあらゆる場所で、そこに生きる人たちのために、新しい何かを生み出せる人間、世界を変える人材」だ。将来、卒業生たちが少しでも世界を変えることで、ようやく小林氏の天命は成し遂げられるのである。

 本書の特徴は、人生訓として使える小林氏や登場人物たちの言動が、多くちりばめ られていることだろう。進路選択、キャリア形成、チームワーク、仕事と家庭・育児の両立など、本書から学べることは多い。また、無意味と思える経験もいつか役に立つこと、あきらめないことの大切さ、そして、誰にでも天命があることなどを教えてくれる。著者は「おわりに」でこう記す。

彼女に協力したたくさんの人が、それぞれの役割においてそれぞれの場所で「世界を変えた」からこそ、この学校はこの世に生まれた。

文=町田光