オトナ語理解できてる? 新社会人へ送る「笑ってはいけないビジネス用語辞典」

ビジネス

公開日:2016/6/2


『オトナ語の謎。』(糸井重里/新潮社)

 オトナの世界にはルールがある。会話の最初は「お世話になっております」で始まり、最後は「よろしくお願いいたします」でシメる。たとえ世話をしているのがこちらであっても「お世話になっております」。お願いしているのが向こうであっても最後は「よろしくお願いいたします」なのだ。 これは本書の冒頭で紹介されていた一例だが、『オトナ語の謎。』(糸井重里/新潮社)はこういったオトナの世界における独特な言葉遣いについて、大真面目に皮肉たっぷりに紹介している。

 本書は「基本用語・カタカナ・オフィス・交渉」といった具合に項目分けされており、合間に各項目のフレーズを応用した「~をオトナ語でアレンジ」というコーナーが挿入されている。中でも基本用語編の終わりの86ページ目から始まる「男女の別れをオトナ語でアレンジ」というコーナーは是非読んでほしい。浮気のことを「二重契約」と称して二重契約をしたクライアント(男)に対して依頼主(女)が契約破棄(別れ)を切り出す、という内容のコーナーが私のお気に入りだ。

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 2項目のカタカナ編で語られているが、オトナはカタカナが大好きらしい。フレキシブル、コミット、バッファ、シェア、アグリー、挙げればキリがないがこれらのカタカナは実社会で当たり前のように使用されている。例えば「顧客からの依頼に臨機応変に対応する」という言い回しだが、これを「クライアントからのオファーにフレキシブルに対応する」と言い換えてみよう。こうすることで「仕事ができる私」を簡単に演出することが可能だ。なんとなくカッコイイ、それでいいのだ。オトナの世界は複雑だが、根底にあるものは意外と単純だったりする。

 本書は今から10年以上前の2005年に発行されたものだが、当時は今で言うところの「意識高い系」と呼ばれる概念が存在しなかった。しかしカタカナ編で綴られているオトナ語は、現在を生きる「意識高い系」が好んで使うフレーズで溢れている。オトナへの階段をスキップで段飛ばしした彼らが扱うカタカナの群れは周囲に嘲笑されがちだが、当時のオトナたちの感覚もまた同じである。無駄にカタカナを増やした結果、和洋折衷の伝わりにくいアンネイティブなニホンゴの完成だ。しかし、意識高い系な彼らが好んでいるように、このニホンゴには謎の魅力があるらしい。本書のカタカナ編をマスターすれば、あなたもオトナになった気分が味わえることだろう。

 本書を読む上で忘れてはいけないのは、紹介されているのはビジネス用語でありマナーであり、社会のルールでもあるということだ。皮肉まじりに紹介されているが、紹介されている内容自体は大真面目なのである。10年以上前の書籍だが、本書で語られている社会のルールは古くより受け継がれてきた日本社会の完成図であり、現在でもそれは変わりない。そのルールに謎のおもしろさを感じて不意に噴き出しそうになったり、思い出して笑いそうになったりしてもその場では決して笑ってはいけない。笑ったら最後、あなたは社会から白い目で見られることになるだろう。マナーにうるさい日本社会はとても怖いのである。そんな失敗をしないためにも、本書は新社会人へ送るビジネスマナー本としてとても優秀なのだ。

 本書を読み終えて「オトナ語とはなんなのか」をまとめると、「めんどくさくて回りくどくて伝わりにくい無駄に丁寧な言葉遣い」といったところだろうか。また、そこに「意味もなくカッコつけたい気持ち」を追加するとより一層オトナ語としての味が強くなるように感じる。オトナは面倒な生き物だと痛感させられたのは事実だが、同時に謎の魅力のようなものを感じたのも事実である。そして、オトナ語に一通り目を通して私が感じたのは「ああなりたいとは言わないが、あれができてこそ一人前なんだろう」ということだ。非常に面倒なオトナ語だが、日本語のおもしろさを再認識できたというのが素直な感想である。

 最後に、オトナ語の基本は「相手を立てて自分をとことんまで下げる」ということだと心得るべし。低姿勢こそ正義、オトナは腰の低い生き物なのだ。

文=Nas