谷瑞恵の人気シリーズ『思い出のとき修理します』がついに完結! 結婚か、夢か? 秀司と明里の選択は――

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15

心に傷が焼きついてしまったかのように、いつまでもかすかな痛みを残す過去の苦い記憶。そんな傷や痛みのある「思い出」を「修理」することができたら――。ちょっと不思議で心温まる谷瑞恵の連作短編シリーズ最新刊『思い出のとき修理します4 永久時計を胸に』(集英社文庫)が刊行。多くのファンに愛される累計81万部突破の人気シリーズが、本書でついに完結を迎える。

ひっそりと寂れていながらも人びとの交流が残り、ときに思いがけない出会いを演出することもある津雲神社通り商店街。ここに店を構える時計修理専門の飯田時計店のショーウインドウには「おもいでの時 修理します」という謎めいた言葉が記された小さなプレートが置かれている。実はプレートの文字は「おもいでの時」ではなく、「おもいでの時計」から「計」の文字が外れてしまっただけのものなのだが、そんな惹句に引かれるようにして、この店には過去に何らかの思いを残したままでいる人びとが集まってくる。店主の時計職人・飯田秀司とその恋人の仁科明里は、そんな人びとの過去に真摯に向き合い、持ち寄られた「時計」の修理を通じて、その「思い出」を修復していく。過去を取り戻すことはできないが、ちょっとした奇跡と巡り合わせが視線をそんな過去から未来へと向かわせる。そして、それをきっかけに苦い記憶はかけがえのない思い出のひとつへと変化するのだ。

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今回、飯田時計店が修理するのは、結婚を控えた女性が「使えるように直して」と持ち込んできた〝どこも壊れていない〟ペアウォッチ(第1話「昼と夜のエタニティ」)、20年前に津雲神社に埋められたタイムカプセル(第2話「幸運のタイムカプセル」)、秀司の祖父の形見であるふたつの古い懐中時計(第3話「パートナーのしるし」)。この3つの物語に共通するテーマは「結婚」だ。人びとの大切な思い出の品々にまつわる過去の出来事とそれに絡む謎解きが本筋として描かれる一方、そこに込められた記憶や感情に触れることによって少しずつ進展していく秀司と明里の関係も本シリーズの読みどころのひとつだったわけだが、本作で2人はこれまでになく大きな決断を迫られることになる。

メーカーに属さずに自分の力だけで設計から製造まで行う“独立時計師”になるという夢に挫折している秀司。仕事にも恋愛にも疲れて逃げるようにして津雲神社通り商店街にやってきた明里。共に過去に傷を抱えつつ、一緒の時間を過ごしながら他人の傷を癒やすことで、成長してきた2人が下す選択は――。

人も、深く知り合うほど痛みに苦しむこともある。けれど、大切な人と触れたあかし。出会って、確かにそばにいたしるし。

本作にはシリーズ全体を象徴するような、そんな言葉が出てくる。過去の傷を見つめ直して、そこから新たな一歩を踏み出そうとする秀司と明里の物語の完結は、シリーズを追い続けてきた読者たちにきっと温かな感動と爽やかな読後感をもたらしてくれるはずだ。

文=橋富政彦

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