女性もセックスがお盛ん! ペリーも激怒したエロすぎる日本人のふしだら歴史

文芸・カルチャー

更新日:2021/2/15


『エロティック日本史 古代から昭和まで、ふしだらな35話』(下川耿史/幻冬舎)

間違いなく学校では教えてくれない、そして試験にも出ない日本史である。しかし日本人として、知っておくべき日本史。それが『エロティック日本史 古代から昭和まで、ふしだらな35話(幻冬舎新書)』(下川耿史/幻冬舎)だ。

本書は、古くは日本書紀・古事記にみる神代の時代より昭和初期に至るまでの、日本人のセックス観や性文化について、様々な文献から考証したエロ通史なのである。まあ、驚きの連続なのである。

日本人というと、未だに映画やビデオにはモザイク処理が入るほど、性に関して閉鎖的な国民性というイメージがある。また、例えばセックスをした相手の数を誇らしげに明かすことなども、特に女性においてはタブー視されがちだ。

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ではこのセックスや性に対してシャイな日本人像というのは、古来よりの民族的遺伝子のなせる業なのかというと、本書を読む限り、どうもそうではなさそうなのだ。結論から言って、日本人は太古の昔より、セックスや性に対してものすごくオープンマインドな民族だった。

どれほどにオープンマインドかといえば、例えばである。1853年に来日したペリー提督を激怒させたほどに、オープンだったのである。

(日本の)人々は皆非常に礼儀正しく控えめである。しかし驚くべき習慣を持っている。ある公衆浴場での光景だが、男女が無分別に入り乱れて、互いに気にしないでいる…(後略)

これはペリー提督が自国に提出した報告書に記された文章だそうだが、ペリーはほかにも、当時の日本に氾濫していたエロ本に対しても「人が汚らわしく堕落したことを示す恥ずべき烙印である」と記したという。

今でこそ西洋にはヌーディストビーチといった文化があり、それは逆に現代の日本ではおそらく実現のかなわぬ文化だ。しかし日本には、太古の昔より、混浴文化があったことを本書は指摘している。そして、なんと鎌倉時代の温泉には、温泉客の性的サービスも含むお相手をする「湯女」(ゆな)なる「新たなサービスガール」が登場したこと、また、日も落ちて暗くなった公衆浴場は性の社交場となった歴史も、本書は教えてくれるのである。