舛添都知事に読んでほしい!借りたカネは忘れるな。貸したカネは忘れろ――角栄の“金銭哲学”に迫る一冊

社会

公開日:2016/6/9


『田中角栄 相手の心をつかむ「人たらし」金銭哲学』(向谷匡史/双葉社)

 昭和の傑物、田中角栄に関する書籍が続々と出版されている。絶版であった側近による手記などの復刊もあり、書店には角栄本コーナーができ、その内容もバラエティに富んでいる。ブームのきっかけとなった宝島社のムックをはじめ、 関係者による回顧録、名言集、角栄の人生を描く小説やノンフィクション、人物研究、昭和史や政治史に絡めたもの、果ては日めくりカレンダーまで出版されるほどだ。いかに角栄本がブームとなっているかわかるだろう。

 そんな中、田中角栄の「金」にスポットを当てた『田中角栄 相手の心をつかむ「人たらし」金銭哲学』が出た。「人誑し」は「言+狂」という字のごとく「人をだますこと。また、その人」(『大辞林』より)という意味がある。決してほめ言葉ではないものの、例えばNHK大河ドラマ『真田丸』でも登場する豊臣秀吉が「人たらしの名人」と云われたように、あの手この手で人の心を掴み取ってしまう人物を評してよく使われる。そしてそれは「昭和の今太閤」と呼ばれた、 清濁併せ呑む、叩き上げの角栄だからこそ似合う言葉だ。学歴も家柄もない角栄にとって金は最大の武器であり、その金が持つ力を最大限に引き出す使い方をしていたという。

 もちろん角栄は人を騙そうとはしたわけではない。相手の心をつかむため、敵をなくすために惜しみなく金を使った。本書の著者である向谷氏は、角栄と金についてこう書いている。

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角栄には金権体質という批判がついてまわる。だが、札ビラで人の心を買おうとしたわけではない。“情”から発する「気配り」を付加価値として、人の心をもとらえていったのである。ここに角栄流「人心収攬術」の本質があり、この本質はカネ以外においても、いかんなく発揮される。

「借りたカネは忘れるな。貸したカネは忘れろ」がポリシーの角栄は、見返りを求めずに金を渡し、「300万円用立てて欲しい」と借金の申し込みに来た人には、事情を勘案して500万円を渡す。約束は必ず守り、相手が大変なときには真っ先に駆けつけた。来る者は拒まず、去る者は追わずというスタンスで、世話になっている人には「ご苦労さん」と気前よくプレゼントし、ドライバーなどには目立たぬようスッとチップを手渡す。そこに打算はなく、敵味方もない。さらに一度面倒を見た相手は最後まで見るという人生観を持ち、「角栄は裏切らない」と評判だったそうだ。

 エネルギーの塊のような角栄は逸話に事欠かない。大臣になっても大臣機密費を一切使わず、「部下の面倒も見にゃならんだろう。一杯やるのにつかってくれ」と全額を幹部に渡していたという。また大蔵大臣在任中は、ポケットマネーでプライベート・ボーナス(タオル代と称していた)を支給したというから驚く。もちろんそれで人の歓心を引いたり、釣ろうとしたわけではない。金による「情」で心をつかむことで「角栄のためなら」と尽力してくれる人が増え、様々な議員立法の成立などにつながり、政治の力によって人々の生活を豊かにしていった。角栄がどうやってどのくらいの金を使ったのか、「豪快」としか形容できない凄すぎるエピソードの数々はぜひ本書で確認してほしい。

 昨今のブームの背景には「もし田中角栄が生きていたらどうするか?」という角栄待望論がある。その理由について、向谷氏は「政治家としての手腕だけでなく、『人の心の襞まで気配りする』という人間的魅力を見るからではないだろうか」と書いている。角栄は相手の立場に立つことで、農家のおじちゃんやおばちゃんも、エリート官僚も、街で働くサラリーマンも、そして党内の政敵や他党の議員をも魅了し、子どもまでがダミ声で「まーそのぉ」とモノマネをするほど人々の心を惹きつけていたのだ。

 セコい使い込みをする政治家や、ポケットにお金を入れてダンマリを決め込む議員、家柄だけが自慢のお偉いさんなどが跋扈し、「無用の用」が「無用の物」とされ、将来を左右する大事なことが見切られてしまう現代。角栄が国民の幸せを最優先に考え、私腹を肥やすことをせず、「みんなで幸せになる」という考えを持っていたことが、ブームが続いている理由なのだろう。

文=成田全(ナリタタモツ)